されど、空の青さを知る

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 予定通り、ジャンプボールを大きく弾いて味方の外野に渡した。  狙いもつけずに気楽な調子で相手コートに第一球を投じようとした外野手に向かって思い切り声を張り上げる。 「パアァス!!」  つんのめりながらも堪えた外野手は、困惑した顔でボールを寄こした。雄叫びを上げた現役バスケ部員に、敵陣が恐怖に右往左往する。ただ一人、彼を除いて――。  コートの中央ほど近くに立つ各務は棒立ちだった。その瞳には何の感情も宿っていない。  空いている左腕を水平に持ち上げた。  指で銃の形を作り、自陣の最先端にいる長谷部のほぼ正面、一メートルも無い先に立つ各務に向かって照準を定める。一、二、三……。  級友たちのどよめきに混じり、「うわぉ」とすぐ隣でブートンの興奮した唸りが聞こえる。……うるさいな、黙れ――……。四、五。  右腕を振り上げたのと、各務が勢いよく前進したのはほぼ同時だった。  ぎゅっとボールをつかみ、上げていた肘を後方に反らすと下からふわりと放った。  すぐ目の前で大きくジャンプした各務の右手がボールを捕らえ、そのままブートンの顔目がけて下ろされる……大きく瞳を見開いた顔は、鬼気迫るものだった。  ボールは寸でのところでぴたりと動きを止めた。  わずか数センチ、いや、数ミリで鼻先に着くかという位置だ。  コート上の全員が息をするのも忘れて見守る中、腕を伸ばしきったままの各務が、ふう、と大息をついた。同時にブートンがへなへなと座りこむ。  くたん、と力なく教師は地べたに倒れ伏した。横座り(別名:女の子座り。または、ぺたん座り)のまま前傾し、尻を突き上げた姿勢は、間抜けとしか言いようがなかった。 「え……。当たって……ない、よね?」  誰かが漏らした声を皮切りに、困惑のざわめきと、忍び笑いが広がり始める。前衛的芸術作品の銅像のような格好のまま教師はぴくりとも動かない。真昼の惨状を眩いばかりの白光が包みこんでいる。  やばい、笑うな、俺――。  腹に力をこめて視線を逸らすと、ちょうど共犯者と目が合った。  正直、自分が今どんな表情をしているのかよくわからない。  震えるほどの高揚感、そして晴れやかなまでの絶望……恐らく彼と同じ表情なのだろう。  白い頬を上気させた各務が力なく笑った。普段の取り澄ました笑顔ではない。声も出ない、といった風の、脱力した、心からの笑みだ。  つられて笑い返すと、どっと疲れを覚えた。考えすぎて頭が重くなったここ数日とは異なり、己の意志でやりたいことをし終えた後の清々しい疲労であった。  時が止まったままのコートとは別の方角から、甲高い笑い声と手を打ち鳴らす音が聞こえた。  呆けたまま見上げると、体育館二階の外廊下から玲士たちが顔を覗かせている。大笑いしているモヒカンのトサカが震えていた。 「長谷部、ナイスパス!」  笑顔で叫んだ玲士が「上がって来い」とジェスチャーで訴えている。  直角でお辞儀を返すと、中央棟に向かって走り出そうとした足を止めた。 「おい、なにボーッとしてんだ」 「え、でも、俺は……」  鳶色の瞳が珍しく戸惑いに揺れている。笑いそうになるのを堪えて、ぶっきらぼうに言い放つ。 「さっさと来い。これだから優等生はヤなんだよ。――逃げるが勝ち、だ!」  痩せた背中を前に押し出すようにして、ちらりと後方を視認する。尻を突き上げたままのブートンと、ひらひらと手を振る仏頂面の友人二人が目に入った。 「俺たちをのけ者にした罪は重いぞ」 「覚えてろよ。倍返しだからな」  顔の前に片手をかざして短く詫びると、力いっぱい走り出す。全天候型のグラウンドは逃亡者たちを応援するかのように鮮やかな緑色に輝いていた。
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