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「それは違います。松田先輩たちも、長谷部も一切関係ありません。僕が勝手に行ったことなんです。処罰は僕一人で受けます」
「安っぽい友情ごっこに興味はない。言いたいことがあるんなら、反省文に書くんだな。原稿用紙二枚分、二人とも明日までに提出だ。……仮に、松田たちが無関係でも処罰の対象であることに変わりはない。彼等にも君たちと同じ反省文を課してある。自習中にふらふら出歩いた罰だ」
反省文だけ? ほっと肩を下ろした長谷部にすかさず小倉が宣告した。
「おい、勘違いするなよ。宇部先生に大した怪我がなかったのは、ただの偶然だ。取り返しのつかない事態になっていたかもしれないんだぞ。責任も取れないくせに、感情だけで見境なく突っ走るのは、愚か者のやることだ」
眉間に深く皺を刻み、小倉は大儀そうに椅子から立った。戸に手をかけたところで彼は振り返り、怒りよりもやるせなさが強く滲んだ眼差しで各務を捉えた。
「君には失望したよ」
言うなりぴしゃりと戸が閉められた。
小倉が去った後の部屋には、蟻のくしゃみすら聞こえそうなほどの静寂が訪れた。
(おいおいおい。俺らはどうすりゃいいんだよ!?)
心で叫んだ声が天に届いたらしく、張り詰めた小部屋には劇的な変化が起き始めた。
「ううっ……」
嗚咽を漏らして泣く大人、というものを初めて見た。
おろおろして隣を見たが、さすがの各務も固まったままブートンに釘づけだった。教え子二人を惑乱させながら、担任教師は豪快に落涙している。
「俺は感動したッ」
涙とともに感情をだだ洩れさせている教師をぽかんと観察する。
「君たちの友情は素晴らしいッ」
スライディングするかのごとく机上に覆い被さったブートンが二人の手を取った。仰天して身を引いた各務が椅子ごと後方に引っくり返りそうになる。
「感動した! もういい! ドッジボールの件は水に流そう! ドラフトなんか提案した俺も悪かった!」
「いや、先生、そうじゃなくて……」
二度目の蹴りは、長谷部ではなく椅子の足に当たった。抗議の表情で横を向くと、各務は静かに首を振った。狭苦しい生徒指導室には西日が射し、少し伏せた彼の顔にも灰紫色の陰影を落としている。
納得できずに凝視していると、彼はゆっくりと目元を緩めた。まさに花がほころぶといった可憐な笑顔に惹きこまれる。
あ り が と
薄い唇がたった四語を紡いだ。
すぐに前を向いた各務はブートンに謝罪を述べ、机に額をつけるかのように、深く頭を下げた。
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