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「各務、これやる」
「俺も。たくさん食べないと大きくなれないぞ」
各務の弁当の蓋に、来宮と金沢がおかずを一品ずつ乗せた。牛肉の野菜巻きと、砂糖入りの甘い卵焼きは、それぞれ彼等の好物だと長谷部は知っている。
「あのなっ、気に入られたいからって餌付けをするなっ、餌付けを!」
だんっ、と拳で机を打ちつけて、前に座る友人二人を叱咤した。
「おいしい」
「お前も食ってんじゃねえ!」
長谷部の叱責など意にも介さず、各務が弁当からおかずを取り分けて二人の蓋に置いた。見たこともない謎のおかずに、バスケ部トリオは揃って顔を近づける。
「黒豚のカルピオーネ、だって」
毎回同封されているお品書きを手に各務が紹介したが、理解できたものは一人もいない。「うう。なんか高級すぎてわかんないけど美味い気がする」「生涯で口にすること、なかったかもしんない」……友人たちは噛みしめるようにして、カルなんちゃらを堪能している。
「俺はもう飽きたよ。たまには海苔弁とか赤いウインナーとかが食べたい」
卵焼きを大事そうに食む各務を、とうに弁当を食べ終えた長谷部は頬杖をついて眺めていた。
「なんだよ。用もないくせにじろじろ見るな」
美人は不機嫌な顔も美人である。隣に座る彼のサイズ感にようやく慣れてきたことを実感しつつ、友としてふさわしい対応に努めることにした。
「どうも失礼しました。姫のお顔があまりに美しかったもので、つい」
「……今度、俺を姫って呼んだら殺すぞ」
目睫を釣り上げた隣人に直ると、長谷部はにっこりと音が出そうな微笑みを顔に貼りつけた。
「わかった。もう呼ばない。悪かったよ。……ソマリちゃん!!」
椅子を蹴って立ち上がった各務より一歩早く廊下に飛び出した。階段を駆け下りるつもりが、出くわした集団によって阻まれる。
「お! ちょうどいいところにハセベ!」
「先輩方、お揃いで……中等部の校舎に何か……どうも」
焦りながらも会釈を返し、さり気なく逃亡を試みようとした長谷部の肩に、ずしんと重みが加わった。
「お前がソマリちゃんを独占して、ちっとも会わせてくれないからさ。出向いて来ちゃった」
破顔する玲士に逆らえる術など、ない。
ぱぁん、と背後で弾けるように開いた戸の音に観念して天を仰ぐ。廊下の窓から見上げた空は、夏を思わせるような深い青色だった。
[了]
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