紺と臙脂の境界線

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 最上級生の高三となっても、日々は劇的に変わるわけではない。  なにせ、中等部から持ち上がりの玲士は高校受験という競争を回避し、狭い路地一本先に校舎が変わっただけなのだ。しかも、高等部は三年間、クラス替えを行わない。運動部の精鋭が揃う三年三組は、教室が三階になっただけで、緊張感ゼロの、のびのびとした昼休みを迎えていた。  新学年、新学期。  来年には、もう存在しない、いつもの光景。  入口近くの席周辺に集まった馴染みの友人たちを見るでもなく眺める。……バスケ部員はプロ選手の髪型を真似たがる傾向があるらしい。ハリネズミ顔負けのソフトモヒカン、襟足を刈り上げたツーブロックに、威圧感抜群のハイトップ……。 「レージ、髪切れよ。お前の髪、カタくて黒々してるから、伸びると見ていて鬱陶しいわ!」  炎のごとく逆立てた髪を揺らしながら、級友であり同じバスケ部のイッケこと池谷(いけがや)が言い放った。 「……俺が生活指導の担当教師だったら、お前の髪型がなにを主張しているのかを本気で悩むけどな」 「あぁ? 俺はレージと違って腹に溜めこむような辛気臭い男じゃねーよ。池谷優一、裏も表もない、見たまんま! 心も体も闘志全開! やるときゃやるよ! 今はまだ機が熟していないだけ!」  歌うような口調のイッケの脳天に手を置き、椅子から立ち上がる。反撃される前にさっさと教室を後にし、背中で抗議の声を聞き流した。イッケが整髪にかける時間は玲士の倍だ。 (終わりの始まり、だなあ)  ふんだんに陽光が溢れる廊下を歩きながら、ありふれた日々を慈しむ。  十分な高校生活だった。  友人にも、先輩・後輩にも恵まれた。  部活の引退を前に満足してはいけないのはわかっている。だが、すでに凪状態の心の海に波を立てることは簡単ではない。人一倍の冷静さを買われて主将に任命されたが、己を、なにより、仲間たちを鼓舞する能力には欠けていた。 「盛り上げ役まで押しつける気はねえよ。鉄仮面の鬼キャプテンのフォローは俺たちの役目だ」  玲士の負担を見透かし、笑って肩を叩いてくれたイッケには、同じ部員としても、友人としても、大いに感謝している。
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