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十五回目の誕生日は最悪だった。
八月五日――学生にとっては夏休みの真っ只中、世間的には何の日でもない、ひたすら暑いだけの365分の1日である。
誕生日を祝福するにはいささか度が過ぎる灼熱の太陽が朝から照りつけており、予想最高気温は三十五度であった。ぴかぴかの笑顔で酷暑を予告するお天気お姉さんに、松田は朝から軽く殺意を覚えた。
「松田、悪いな。補講の時にまで」
記念すべきプレゼント第一号は、担任から託された雑用であった。
頼みの相方である副委員長は家族と北海道旅行を満喫中であり、今頃はジンギスカンでも食らっていることだろう。誰もいない教室に虚しくホチキスの音を響かせながら、無意識に笑顔で雑用を快諾した己の人の良さを呪った。
カラ、と教室の戸が開く音に恨めしい顔を向けた。
冷房の効いた部屋に生温い空気が流れこむ。廊下を背に立つ彼の向こうには、窓越しの薄青い空と、綿菓子のように大きく膨らむ夏雲がぽかりと浮かんでいる。
「居残り? ……なわけ、ないな。野津先生に雑用でも押しつけられた?」
松田一人の教室に、各務の声は、間近で耳にしたかのように凛と響く。汗などかきそうにない涼やかな顔に思わず見惚れて手が止まる。
「エアコン効かせすぎ。外との気温差すごいぞ」
「唯一の特権だからいいんだよ。でなきゃ、こんな慈善事業やってられない」
たしかに、と答えた各務の声は笑みを含んでいた。
遠慮なく教室に足を踏み入れた隣のクラスの委員長は、興味深そうに後方の壁に貼られた掲示物を眺めている。
「お前は何してんだよ。さっさと帰れ。暇なら家で寝てろ」
大きく脈打ち始めた鼓動を遮るように不興な声を出したが、友人は気にも留めずに松田の隣席に腰を下ろした。半袖のシャツから伸びる細い腕は、真夏とは思えぬ白さである。
「鷲尾に届けるプリントを忘れたから取りに戻ったんだよ。一学期はとうとう一日も来なかったな」
ああ、と生返事をして「鷲尾くん」の顔貌を思い出そうと試みる。
一年時のクラスメイトは中学入学後、間もなくして学校に来なくなった。特段、何かがあった記憶はない。少なくとも、松田の周囲に不穏な出来事はなかった。
鷲尾にとって何がきっかけだったのか?
クラスの誰一人として理由に思い当たらず、また、彼の不在を嘆く者もいないことが薄ぼんやりとした罪悪感となり、当時の教室の片隅にぽつりと落ちた。
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