横並びの幸福、一滴の欲望

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 *    中学の三年間、各務とは一度も同じクラスにならなかった。  当然である。松田は入学当時から主席の座に君臨し、各務は万年二位なのだから。ぴたりと背後に付く成績二位の者がどんな男なのか。正体を知るのに、そう時間はかからなかった。  中高一貫男子校という、彩りの少ない六年間の幕開けとなる中等部の入学式において、すでに各務は異彩を放っていた。  制服に着られている感が強い細身の体に、嫌味なまでに整った目鼻立ち。鳶色の髪が紺色のブレザーによく映えた。  だが、何よりも印象深かったのは容姿ではない。  一身に注目を浴びているわりに本人はまるで気にしておらず、桜散る校庭を歩く姿はどこか足が地についていなかった。 (こいつ、光合成してそう……)  松田が抱いた第一印象はそんなものだった。  そんな各務とのファーストコンタクトは全体朝礼だった。  クラスを牽引する、といえば聞こえは良いが、その実ただの雑用係という学級委員長に選ばれた松田の右隣には各務が並んだ。  すぐ隣に王座をおびやかすかもしれない相手が並ぶ状況はどうにも落ち着かない。しかも、敵は、松田の存在などまるで眼中にないかのように泰然としている。己の自意識過剰さに腹が立ち、積極的に交流をはかるのも口惜しく、朝礼中は意識して前方を眺めていた。  際立った外見のせいか、各務は中等部のみならず、高等部の生徒からも「可愛がられる」ことが多く、あらぬ噂も多かった。  冷やかしの上級生たちに囲まれていても、彼はやはりどこ吹く風といった涼しい顔をしており、ますます人となりはつかめずにいた。  相当な大器か、或いは超のつく無神経か――。  隣にいながら遠目に眺めるだけの松田に見極められるはずもない。  ただ、一つだけ確信したことがある。  周囲からの注目に、各務はなんら影響を受けていないらしい、と。  群がる生徒たちに対し、彼は常に温和であり、眉をひそめることもなければ、サービス過剰に愛想を振りまくこともない。受け入れも、刃向かいもせずに、ただ静かに笑っている。輪の中心に位置する身でありながら、一歩引いて外から群衆を眺めているような、力の抜け切った様は、幼い頃から最上位を目指すことを信条とする自分とは真逆に思えた。  誰にも、何にも囚われずに、するりと流れる各務の姿は魚のようである。  尽きることのない泉で、時折、体を反射させて泳ぐ一匹の流魚。  彼が生きる泉は、底に陽光が届くほどの透明度で、表面はアクアブルーに輝いている。  清らかすぎるその泉に、他の魚は近づけない。 (……わかんねえ。俺にはあいつがわかんねえ)  積極的に距離を詰める機会もなく、「高校は同じクラスかもな」と、期待半分、恐れ半分の曖昧な気持ちを、毎週の朝礼で確認するのが常となっていた。
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