横並びの幸福、一滴の欲望

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 転機が訪れたのは、二年に進級して、二ヶ月が経つ頃だった。  その日、家に弁当を忘れるという、らしからぬミスを犯した松田は、昼休みに高等部の校舎に呼びつけられた。  心優しき兄が弟の分も持参していたのだ。  高等部の教室は中等部と異なり、メッキ銅板の開き戸で中が見えない造りである。何度、携帯を鳴らしても出ない兄に屈して恐る恐る扉を開けた。  途端に鼻をついた獣臭に後ずさりした。  男、男、男……男子校なのだから、当たり前だ。  まだ小学生といっても通じる生徒も混在する中等部と違い、目の前に広がる光景に「子供」は見当たらない。運動部の精鋭が揃うクラスということもあり、どいつもこいつもガタイが良い。せわしなく目線を動かしていると、丸刈りでいかつい輪郭の生徒と目が合い、寿命が縮んだ。  ようやく現れた兄から弁当をひったくると、逃げるように高等部の校舎を後にした。昇降口から外に出て一息をついた時に、西に構える校門付近に二つの人影を発見した。  向かい合う彼等は大変な身長差である。よく見ると、一方は金髪・碧眼の異人であり、もう一方は同級生であった。  足音高く近づく松田に、二人は揃って顔を向けた。見上げるほど大きな外国人は、各務の両肩に手を置いたままだ。  手にしていた弁当が大きく振れたが、構わずに男を指差した。 「おい、ガイジン、よく聞け。お前が立ってるその場所はなあ、いたいけな中学生が通う校舎の真ん前なんだよ。すぐ先には交番もある。こんな場所でナンパなんかすんなっ。俺が大騒ぎすれば、お前はすぐ取っ捕まるんだぞ!」  一気にまくし立てた松田を見つめる男の瞳は透き通るような薄い青色だ。綺麗に撫でつけた金髪が白日の下できらきらと輝きを帯びている。 「イオリのトモダチ?」  一音一音が弾むような日本語で、ガイジンは各務の名を口にした。白い歯がこぼれる大きな笑顔は、見るからに人懐こそうだ。 「クラスは違うよ」  素っ気なく答えた各務は、否定も肯定もしなかった。
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