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「ケニーは父の店の従業員。いつも弁当を届けてくれるんだ。あ、両親は健在だけど別居中。母が実家に帰っちゃったから、俺の食事はプロのシェフが作ってこうして学校と、夕食は家に用意してくれる。経営者の息子の世話って労働契約に含まれてるのかな?」
「…………」
自然な流れで、体育館脇にあるベンチに並んで昼食をとるはめになった。
(ケニー、ねえ……)
松田の糾弾など意にも介さず、ケニー氏はにこやかに握手を求めてきた。
「バイ、イオリ。トモダチとは仲良くね」
別れ際に、ケニーは大きな体を曲げて各務の頬に軽くキスをした。当然のように瞳を閉じた各務の姿が瞼の裏に焼きついている。
プロ手製の昼食は、赤いギンガムチェックのランチボックスで、中には綺麗にカットされたサンドイッチが納まり、添えられたオレンジが春光を眩く反射していた。
「松田の弁当、美味しそうだね」
得られた(というか、一方的に与えられた)情報を消化し切れない松田の手元を各務が覗きこむ。至近距離で拝む学園一の美少年は、陶器のように滑らかな肌をしている。どぎまぎしながらも、平常を装う声で答えた。
「いつも、こんなだよ。兄貴が運動部で食べるから、俺の分も、質より量重視」
「いいな。俺、おにぎりなんて久しく食べてないよ。うらやましい」
うらやましい、と称された母手製のおにぎりを片手に持つ。ラッピング、などという概念を持たぬ母は、おにぎりなどアルミホイルで無造作にくるむだけだ。毎朝、育ち盛りの三兄弟+父の弁当を作る母に不満などありはしない。
「よければやるよ。具は梅だぞ」
さほど考えもせずに差し出すと、彼は綺麗なアーモンド形の瞳を見開いた。
「いいの?」
「べつにいいよ。もう一個あるし」
各務は厳かに両手でおにぎりを受け取ると、すん、と鼻まで鳴らして海苔の匂いを堪能している。およそ想像もつかない姿を前に、疑念が再燃し始めた。
(こいつ、俺のこと敵視とかしないわけ? いっつも二番で平気なのか? もし俺だったら嫉妬に狂って、意地でも口とかききたくないんだけど……)
凝視に気づいた各務がおにぎりにかぶりつきながら、上目で理由を問いかけてきた。自尊心を保ち、とりあえずの牽制球を投じる。
「お前さ、よく知らない相手に家庭の事情をぺらぺら喋るなよ。言いふらされたら面倒だろ?」
「松田なら平気だよ。そんなことしない」
「そんなのわからないだろ。……俺のこと、よく知らないくせに」
「玲士先輩が言ってた。『竜士は一番取ることしか頭にない、単純で明快なヤツだ。健全そのもの、人畜無害だよ』だって」
思わぬところで兄の名を聞き、目を丸くした。単純、明快、健全、無害……一つとして褒められた気がしない。つい先ほど目にしたにやけ顔を思い出して怒りに頭が眩んだ。
「先輩に言われなくてもわかるよ。松田はねじけてない。まっすぐで、清々しい」
「……その根拠は?」
少なからず意識していた相手に、俺はどう認識されていたのだろう? 好奇心でつい身を乗り出した。
「こんなに美味しいおにぎりを食べて育ってきたから。ひねくれるわけないよ」
「おに……」
ふ、とこぼれるような笑みの後に、各務は悪戯そうに瞳を煌めかせた。
「嘘だよ。ケニーに向かって行った姿を見て、そう思ったんだ。ためらうとか、しないんだな。正義の味方みたいでちょっと感動した」
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