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一人取り残された教室で、遁走したまま戻らない友との思い出をぼんやりと回想している。
あの日以降、各務は顔を合わせるたびに、にこやかに話しかけてくるようになった。
「松田、相変わらず健やかそうだね!」
「今日もおにぎり? 具はなに?」
……よほど、お気に召したらしい。やはり、彼にとって、俺はおにぎり程度の存在なのではないか?
休み時間の廊下、最前列で隣り合う朝礼、代表委員会へと向かう途中……。並んで交わす会話はいつもごく短い。
現国で習っている『山椒魚』が面白いとか、学校の隣にある果物屋のチャウチャウ犬が可愛いとか、ケニーが帰国して寂しいとか。
あまり感情を表出させない各務の一端を垣間見る、短くも芳醇な一時は、ネクタリンの果肉のように緻密で濃厚な甘酸っぱさで松田を満たした。
隣に並ぶ各務の横顔は、いつだって微笑んでいる。
「松田はすごいな」
試験で首位を維持するたびに賞賛の言葉をかけられる。その時、彼は松田を見てはいない。
「松田はいいな。健やかで、まっとうで」
悪意のない、穏やかな声音もまた、松田ではなく、どこか遠くを見つめて発せられる。
時折、会話に上る各務の両親は相変わらずの膠着状態らしい。軽やかに語られる内容は、たしかに健全とは言い難い。彼がそれを平気で喋るのは、友人として信頼されている証である。長い年月を共にせずとも、言葉を尽くさなくても、こいつならば――。お互いにそう思っていると、肌で感じていた。
でも、俺にはまだわからない。
彼が本当はどれほど苦しみ、何を喜びとして、誰とそれを分かち合うのか?
彼が見つめているのは、どんな景色なのか?
隣にいれば、いつか同じ景色が見えるのだろうか?
綺麗な鳶色の瞳を覗きこんでみたい――そんな衝動に駆られる。
俺の胸の内を知れば、さすがの各務も仰天するだろうか? 友情なんて言葉では腑に落ちない――そう伝えたら、拒絶されるだろうか?
は、と大きな溜息が孤独な教室に虚しく余韻を残した。
うなだれていると、遠くからドタバタと騒々しい足音が近づき、教室の戸が勢いよく開かれた。
炎天下を走って来たのだろう。白い頬は紅潮し、肩で息をしている。
夢想に浸っていた松田の眼前に、各務が何かを突き出した。個包装されたそれは、暑さのせいで透明なプラ袋をうっすらと曇らせている。
「誕生日、おめでとう」
照れたような、満足したような、晴れやかな笑顔だった。
常にどことなく笑ったような彼の、初めて本当の笑顔を見た気がした。
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