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先程も言ったように、心臓に杭を刺されたくらいでは死にはしないが、それでも身体に傷をつけられるのでちょっとは痛い。
何もヴァンパイアだからって、鋼のようにどんな攻撃にも傷つかない、無敵の肉体だったりするわけではなく、傷つくし、出血もするし、痛みも人間ほどではないが感じるのだ。ただちょっと、人間よりかは回復力が高いがために大事に至らぬだけである。
また、身体はすぐに治るからともかくとしても、着ている服はこのように穴を開けられてしまってはどうしようもない。それに血液は付くとなかなか洗っても落ちないのだ。
まったくもって迷惑千万な話である。
「そうか……きっと、杭の刺さり方が浅くて、心臓まで達してなかったんだな。なら、もう一度、今度はこの剣で……」
しかし、男は人の話を聞いちゃあいない。
今さっき、私がちゃんと「そんなの迷信だ」と説明してあげたのにも関わらず、再びそんな勝手な解釈を下すと、背中に背負った長剣の柄に手をかけ、またしても私の胸を串刺しにしようとしてくるのである。
セイヨウサンザシなどの木の杭と同じように、教会で祝福された剣などで心臓を貫いてもヴァンパイアを倒せると巷の迷信では云われているので、おそらく今度はそれをしようという腹積りなのだろう。
その無礼極まりない態度に、最悪な目覚めによる寝起きの悪さとも相まって、遂に私の堪忍袋の緒は切れた。
ギュッ…。
私は棺桶から足を踏み出すと、男の襟首をむんずと摑む。
「えっ…」
そして、突然のことに目を丸くする男の反応など無視して、そのまま一気に、大きな窓枠目指して彼を放り投げたのだった。
ガシャァァァァーン…!
男は窓枠ごとガラスをぶち破って屋外へと飛んで行く。
私の外見はひょろっとした痩せ型で、若干、非力な印象ではあるが、こう見えてもヴァンパイアなので、そんじゃそこらの人間なんかより遥かに力は強いのだ。
「ギャァァァァァ~…」
落下する男の悲鳴が徐々に遠ざかっていく……。
この部屋は三階にあるので、結構、地面まで距離があると思うが、あんな無礼者の心配、私がしてやる筋合いはない。
「ハァ……この服じゃ街に出かけられんな。まったく、迷惑なことを……なんか、今夜は外出する気も失せた。風呂にでも入って、ゆっくり過ごすかな」
私は不機嫌な顔で壊れた窓枠を眺めながら、そう呟いて、この身体にべっとりと付いた血を洗い流すためにバスルームへと向かった。
これが彼、クリストファー・ヴァン・ストーカーと私との、その後数日間に及ぶ奇妙な関係の発端となる最初の出会いであった……。
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