Ⅲ 手土産(プレゼント)

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 そうした甲斐あってか、とりあえず今夜はあのヴァンパイア・ハンターも現れず、清々しい夜の目覚めを獲得することができた。  今日の明け方、職人達が来る前に、少し気になって城の周りを見てみたが、どこにもあの男の遺体が転がっているようなことはなかった。  三階から放り投げられたにも関わらず、強運にも命に別条はなかったようだ。庭に植わっている木の枝が折れていたので、もしかしたら、それに引っかかって助かったのかも知れない。  だから、あの男が私の命を狙って、再び乗り込んで来るなんてことも可能性としては充分にあり得る。  この城の補修はそのための用心なのである。  とは言え、心臓に杭を刺しても無駄なことを知った上に、あれだけひどい目に遭わされれたのだ。普通なら、さすがにもう諦めて二度と来るようなこともあるまい……。 「ん? なんだこの香りは……?」  そうした考えごとをしていて今まで気付かなかったが、外に出てみると、なんだか香を焚いたような良い匂いが周囲にそこはかとなく漂っている。  街の教会から匂ってくるには遠過ぎるし、こんな山の中で、一体、誰が焚いたのだろうか?  もしかして職人達か? いやでも、香を焚き込めるような洒落た連中でもないし……。  まあ、ちょっと不思議ではあるが、何にせよ良い香りである。  よく晴れて月明かりは綺麗だし、昨夜のあの迷惑なヴァンパイア・ハンターもいないし、今宵はなんとも清々しき、心地の良い夜だ。  昨日はとんだ邪魔が入ったおかげで出かけられなかったが、一昨日もちょっと所用があったので街へは行っていない。  さあ、今夜こそ夜の街へと出かけよう!  ゴゴゴゴゴゴ…。  いつも通り、静かに迎えた穏やかな夜に、私はそんな楽観的な考えを抱きつつ、今日こそ街に繰り出そうと、扉を開ける手に力を込めたのであるが……。 「吸血鬼アレクサンドル・D・ノスフェルっ! 今夜は昨日のリベンジだっ!」  私の予想を完全に裏切り、自称ヴァンパイア・ハンターの若造は、昨日と同じ格好で門前に立っていたのであった。
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