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夜の街にくり出すと行っても、別に人間を襲って血を吸ったりとか、そんな野蛮なことをするためではない。
今日、そうしたことをするのは我が種族でも極々一部の者達だけである。その大部分は病院などに行って血液をもらい、それで喉の渇きを癒しているのだ。かく言うわたしもそうである。
私の名前はアレクサンドル・D・ノスフェル伯爵。このノスフェル城の主にして、不死の存在――吸血鬼である。
吸血鬼……それは文字通り、人間の血をその生きる糧とし、剣で刺されたり、銃で撃たれるなど、通常、人が死ぬような行為でもけして死ぬことのない、いわゆる〝不死者〟である。
現在、世間一般では〝ヴァンパイア〟などと称されているが、私の住むここルーマニアでは、〝ストリゴイ〟や〝ノスフェラトゥ〟、〝モロイ〟なんていう名で伝統的に呼ばれていた。
他にも我らの同族が散らばる東欧~バルカン半島、北欧などでは、その土地々〃によって様々な呼称がある。
例えば、ブルガリアの〝ウポウル〟、ユーゴ・スロバニアの〝ヴコドラク〟、スロバキアの〝ネラプシ〟、ポーランドの〝ウピオル〟、ロシアの〝ウピル〟、デンマークの〝マーラ〟、ドイツの〝ドッペルジュガー〟などなど…挙げれば切りがない。
また、我らの同族なのか、それともまた別の系譜ででもあるのか、東洋や新大陸にも我らと同じように血を吸い、滅多なことでは死なない者が存在するらしいという話を以前、あちらへ旅した者の口から聞いたことがある。そうすると、私達には聞き慣れない、また向こうの土地での呼び名というのも存在するのであろう……。
と、まあ、そんな風に様々な名で呼び称されている我々であるが、最近ではもう、ほぼ完全に〝ヴァンパイア〟という一つの言葉が、正式名称もしくは学名のように使われていると言っても過言ではあるまい。
この〝ヴァンパイア〈Vampire〉〟という呼称が広く我々のことを指し示す言葉として定着し出したのは18世紀の中頃からのことだ。
その頃、東欧諸国では、蘇った死体が人間を襲うというヴァンパイア絡みの事件が多発し、ヨーロッパ全土に一大ヴァンパイア・ブームとでもいうべき騒ぎが沸き起こっていたのだが、そんな中、そうした事件を扱った検死報告書や新聞記事で、ハンガリーで我らをいうところの〝ヴァムピール〈Vampir〉〟という言葉が使用され、どうやらその英語読みが、我らの代表的な呼称として定着していったようである。
そして、今では〝ヴァンパイア〟と聞けば、幼い子供でも〝人を襲って血を吸う、恐ろしい不死身の魔物〟をすぐに想像するくらいまでに、この言葉は市民権を得たというわけだ。
しかし、先程も言ったように、我が種族が必要とする血液については、現在、買ったり、病院でもらってくるなどの合法的な手段で事が足りるので、何も昔のように人間を襲って生血を吸うようなことはしていない。
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