Ⅰ 吸血鬼(ヴァンパイア)

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「ふぅ……」  外出の準備をすっかり整えた私は、一息吐いて気を取り直すと、城の正面にある大きな石組の門へと向かった。  一階へ降り、正面玄関から建物と城門の間にある、城壁に囲まれた中庭へと足を踏み出す……外に出ると、若葉に青ずく春の庭の上に、冷たく澄んだ月明かりが長細い私の影を作った。  ああ、これもついでに言っておくと、ヴァンパイアは影がないなどとも言われているが、このように私にはちゃんと影がある。  肉体がない幽霊ならいざ知らず、実体があるのだから影があるのも当然である。物体が光を遮っているのに影ができない方こそ非科学的であり、肉体を伴うヴァンパイアに影ができるのはなんら不思議なことではないのだ。  そんな私の影とともに美しい夜の庭を眺めながら行くと、時を置かずして巨大な城門へと辿り着く。  城の外へ出るにはここが唯一の出入り口である。  私は門扉の後にかってある(かんぬき)を外し、片側の扉を手で押した。  ゴゴゴゴゴゴ…。  周りの空気を揺らす低い唸り声を上げて、石門に取り付けられたこれまた巨大な木の扉が少しずつ隙間を開けてゆく。  長年の雨風で古色に風化した分厚いその扉は、外見通り非常に重たいのであるが、こう見えても私はそれなりに力持ちなのでそれほど苦になるものでもない。  私はこの城の主であり、貴族でもあるのだけれど、一人暮らしで召使などもいないので、こうした本来、お付きの者がやるべき力仕事も全部自分でやっている。「貴族なのに、自分のことはよく自分でする人間だな」と、時折、自分で自分を褒めてあげたりもする。  ゴゴゴゴゴ…。  僅かの後、観音開きになるように作られた巨大な木の扉の片側が、私の手によって人が通れるくらいの幅にまで開かれる。 「吸血鬼アレクサンドル・D・ノスフェル伯爵! 今夜こそ貴様の最後だ!」  と、同時に、そんな大声が門前から聞こえてきた。  その男は、今夜もそこに立っていたのだった……。 「またか……」  私はほとほと呆れ果てたという顔で、深く落胆の溜息を漏らす。
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