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レイは18歳の時、 留学中のここ日本で小さなエージェントにスカウトされモデルとして仕事をしていた。 仕事を始めた頃のレイは、知名度のあまりないマイナー雑誌や広告、イベント的なショーモデルとして、 その内容はアルバイト程度のギャランティを手にするものだったようだ。 私が初めてレイに出会ったのは、レイがモデルになって1年ほど経った頃だっただろうか。 まだおよそ大人とは呼びがたいあどけなさの残る「少年」だった。 当時、スタイリスト事務所で仕事をしていた私は、 あるアパレルメーカーの展示会にモデルとしてピックアップされたレイの担当フィッターとして係わった。 バイヤー向けのファッションショーではランウェイから戻り駆け込んでくるモデルを着せ替え、再び送り出す。 小規模なショーだが、10人ほどのモデルが入れ替わり立ち代わり出入りするそのバックルームはさながら戦場と化し、 駆け出しの、それもまだあまりショー慣れしていなかったレイには緊張と戸惑いの現場だったに違いない。 その展示会期間中はショー以外にもやることは山盛りで、息つく暇さえなかった。 メーカーが抱える6つのブランドがそれぞれ百点あまり作ったサンプルでプレゼンテーション用の写真を撮る。 10人のモデルで手分けしても一人あたり相当な数をこなさなければならない。 脱がせては着せ、着せては脱がしを繰り返し、数十ものサンプルを着せ付けた。 そんな怒涛のごとく過ぎる時間の中で、レイには気持ちを鼓舞するための言葉を掛けることはあっても これと言って印象に残るようなやり取りはなかったように思う。 春夏、秋冬、と年2回定期的に開催されるその展示会では いつも決まってコンビを組む「モデル」と「スタイリスト」。 いわゆる「仕事仲間」で、それ以上でもそれ以下でもなかった。 そんな出会いから3年が経とうとしていたある日、 国内有名ブランドのイベントコレクションに出演を予定していたモデルが事故で怪我をし降板を余儀なくされた。 その代役として急遽同じエージェントの後輩だったレイに白羽の矢が当たり華やかな表舞台に立つチャンスを得た。 少しずつではあったがショーモデルとしての経験を積んでいたレイは 海外の一流モデルが列挙して出演するその舞台で、突然の代役にもかかわらず堂々とその大役をやってのけた。 その姿は業界でも瞬く間に噂となって広がり、レイは一躍脚光を浴びることとなった。 レイの運命は、 日本にやってきたことで大きく動き始めた。 幸運の女神に導かれるかのように。 そう思わざるを得ないほどの展開で急速にモデルとしての認知度をあげ、そのうち、 活動のエリアを世界へと広げるために母国の大手モデル事務所への移籍を決めた。 その日はレイの移籍前、 「仕事仲間」としての私とのコンビ最後の仕事だった。 ショー前のバックルームは毎度のことながら騒々しく人も物もごった返していた。 そんな中、すっかりモデルとして一人前となっていたレイは、 セットやメイクを終えフィッティング順に並べたラックのサンプルをチェックしたり 靴や小物を確認したりとベテランの横顔で淡々と準備をしていた。 初めの頃のあの緊張や戸惑いなどこれっぽちも感じさせない。 真剣なその横顔は頼もしくもあり逆に、私を気後れさせた。 「カズさん、独立するんですってね。聞きました。」 私の背後にそっと忍び寄り、 ひそひそと耳打ちする声。 驚いて振り返りその顔を見上げた。 レイの悪戯っぽい瞳が私を見つめる。 「何で知ってるの!?どこから?誰から聞いたの!?」 「ナイショです。言うと怒られます。」 レイは、あわてて大声を出してしまった私に悪びれる様子など微塵も見せず、 人差し指を唇にあてて笑った。 13年勤めた会社から独立し、 フリーランスで仕事を始める準備をしていた私。 ボスに辞表を出したのはほんの数日前だった。
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