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「カズさんの新しいスタートと僕のスタート、同じ時期になりますね。」
レイははにかんだ笑顔でそう言った。
会社の上司しか知り得ないこの話をなぜ社外の、
しかも仕事以外ではまったく関わることのない
「いちモデル」のこの子が知っているのか、と訝りながらも
「新しいスタート」
と言う、その言葉ひとつで、
これまでまったく共通点のなかった二人を今、
同じ気持ちにさせているということに喜びを感じた。
なぜか共に歩き始める同志を得たかのようだった。
「僕、これからもっと頑張って大きな仕事たくさんできるようになります。」
未来の自分を想像するレイの瞳は曇りひとつ無く輝きに満ち、
真っ直ぐ前だけを見ている。
人形のようなバランスの身体を持ち、
繰り返し練習したウォーキングで舞台を歩き、
カメラに向かいいくつかの決まったポーズで写真に写る。
自らを表現することもなく、
ただ纏うものを美しく見せるためだけのトルソー。
彼ら「モデル」をずっとそう思って見てきた私は、
自分の素直な感情を熱い眼差しで語るレイの言葉と、
その動く唇をみつめながら、初めて
「綺麗」だ、
と感じた。
「その時はカズさんとまた一緒に仕事したいですね。」
屈託ない笑顔で笑う。
「そうだね。お互い第一線で会えるといいね。」
「ダイイッセン…」
その言葉の意味がピンとこなかったのか、
レイは少し首を捻って考え込んだ。
「あっ、えっと…一番上?…うーん…すごくいい位置で?…なんて言えばいいかな…」
「わかります、わかります。」
言いあぐねている私に目を見開いてコクコクと大袈裟に頷いてみせた。
「競争しましょう!どっちが早いか!」
そう言って両親指を立てて満面の笑みだ。
私とレイとの13年の歳の差は、
そんなレイを見るなり、
眩しさとともに痛みをも感じさせた。
私がこれまでに経験した
苦しみや挫折、
悲しみや憤り、
レイにはすべてこれからなんだと。
どんな苦難が襲うのか、
どんな壁が目の前に立ちはだかるのか。
そしてレイはその行く程で何に傷つき、
それをどんなふうに乗り越えていくのだろう。
その日以降、
気がつくとレイのことを考えるようになっていた。
あの眩しさが、
真っ直ぐがゆえの危うさが、
気になってしょうがなかったのだ。
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