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フリーランスで仕事をするようになって2年が過ぎようとしていた。 フリーになって構えたアトリエは大通りから外れた路地の奥、ワンフロア・ワンルームの3階建てビルの2階だ。 その築30年になる古い小さなビルには、1階にビルのオーナーでもある不動産屋、3階は食品卸問屋の事務所が入っている。 仕事上、これといった不便もなかったが、辺鄙(へんぴ)な場所のうえにおおよそスタイリスト事務所と呼ぶにふさわしくない古さの外観で、 最初に訪れる誰もが必ずと言っていいほど迷い、探し当てられない。 築浅で目立つ場所にある物件では同じ坪数のものでも家賃はぐんと高くなる。 始めた仕事がどう転ぶか皆目見当も付かないうちから高い家賃を払うこともできない。 できるだけ経費を抑られる物件をと探していたが、車の往来も少なく静かで小ぢんまりしたこの場所が一目見て気に入った。 もともとこの2階はオーナー夫人が個人経営のブティックをやっていて5年ほど前に廃業してそのままになっていた。 この場所でブティックはなかなかに難しかっただろう、4年ほどで店を閉めたと聞いている。 内見のときには不動産屋の物置代わりになっていたようで雑然としていたが、内装などは汚れもなくきれいで ブティック当時のものらしいラックやハンガー、商品棚などの什器がそのまま残されていて、それらの使用も許された。 この設備があったからこそ決めたと言っても言い過ぎじゃない。 2年も経てば、8坪ほどのこの空間が、 唯一「私が私でいられる場所」となっていた。
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