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プライベートな依頼ということで、タイアップなども無くレンタルもできない。 衣装はすべてレイが自前で揃える事になっている。 コンセプトは「ラグジュアリー&トラディショナル」。 レイの仕事の空き時間に合わせて合流し、目ぼしいショップを何軒か梯子して回っていた。 「今の僕が、誰よりも強く見えるように。」 店の壁面に並んだジャケットをラックから抜き出し眺めながら レイはそうつぶやいた。 そのさらりと出た言葉は独り言のようにも聞こえたが、 明らかに私の耳に届く音量だ。 感謝のために贈る写真で 「強く見せたい」 とはどういうことだろうか。 ボスにプレゼントする写真だ、と決め込んでいた私は肩透かしを食らった気分になった。 「強くって?逞しく?男らしくってこと?」 レイは私の疑問に少し考え込んだ様子で黙り込んだ。 そして意を決したように口を開く。 「ホントは…ある人にだけ…贈る写真なんです。  その人がまだ知らないいろんな僕を見てもらいたくて。  強い、っていうのは力のほうじゃなくて…心の、です。」 やはり、そうだ。 間違いなくボスへの、 ラブ・レターならぬ、 「ラブ・フォトグラフ」だ。 レイの、躊躇(ちゅうちょ)無く彼女への想いを語る真っ直ぐで強い眼差し。 でも、なぜかどこか切なげで私は胸が詰まった。 何か話したいのだろうか? そのセリフもその表情も、 私にその胸中を露わにして欲しいと求めているようにもとれた。 「カノジョに贈るための…写真なの?」 とっくにわかっていたくせに、 今気がついたかのように問う。 「はい。大切な人です。その人のためだけに写真を撮るんです。」 タイセツナヒト 私は喉の奥で声に出さずその言葉を転がした。 ボスの微笑んだ顔が思い浮かぶ。 感情的で、少し我儘な人。 そして素直な笑顔で笑う人。 一緒に仕事をしていた頃、同僚たちはボスを煙たがっていた。 ボスは自分の思いに真っ直ぐでそれにそぐわない周りの意見をばっさり切り捨てる、 そんな柔軟さの無い頑な性格だった。 建て前が嫌いですべて本音、喜怒哀楽が抑えられない感情人。 それに輪をかけてプライベートでの奔放な男性関係が垣間見えて皆の反感をかっていた。 部下を上手く使えない、育てられない、と事あるごとに上からも叩かれていたようだった。 そんな中でなぜか私は目をかけられていた。 助手として声をかけられることも多く他の誰より共にした時間は長い。 感情に素直な物言い、 強引だが確実に成果を出す仕事ぶり、 何よりもその感性に私は憧れた。 「カズさんも知っているひとですよ。そのひと。」 本心を打ち明けたことで気持ちが解き放たれたのだろうか。 レイは柔らかな笑顔で私を見ている。 返す言葉を選ぶのに悩み過ぎ、 しばらく沈黙が流れた。 店内に流れるBGMがボリュームを増したように感じる。 もしかしたらレイは私が気付かない振りしていることに 「気付いて」いるのかもしれない。 沈黙に動じることなく私の次の言葉を待っているように見えた。 「なんとなく…わかった。たぶん、彼女。」 素直な瞳には私の嘘など見透かされてしまうかもしれない。 そう思うと下手な演技をするだけ無駄なように感じた。 私は「第三者」。 レイと彼女の物語には端役の出演者だ。 上手く演じることなど必要ない。 そのドラマにほんのちょっと姿をみせるだけの、 私は、エキストラなのだから。
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