冷蔵庫

1/1
前へ
/1ページ
次へ
 冷蔵庫を開けると、中に若い女が座っていた。  冷蔵庫は扉が二枚あるやつで、上が冷凍庫で下が冷蔵庫。  女は、ご丁寧に冷蔵庫の中身を取り出して、棚網も取り出して、代わりに自分がその中に納まって、行儀よく正座して中から扉を閉めて僕を待ち伏せしていた。  女は、花柄のワンピース一枚で、扉を開けた僕が悲鳴を上げるのを冷蔵庫の中から見上げて、紫に変色した唇を釣り上げてにっこりと笑った。 「驚いた?」  そう訊ねる女に僕は言葉なく頷いた。 「あんたを驚かすために、ずっと入っていたんだ。ああ寒い」 「なんで、こんな馬鹿なことするの?」  と、僕が訊ねても女名はへらへら笑いながら「あんた驚いたね。ああ可笑しい」と言っている。  僕は腹が立ったので、冷蔵庫の中にあったはずの牛乳はどこだと訊ねた。 「飲んじゃった」 「全部?」 「そう。おかげでお腹がぎゅるぎゅるいってる」  僕は呆れてもう一つ訊ねた。 「卵とチーズがあったはずだけど」 「チーズは食べた。卵はちょっと古かったから窓から捨てた」  女はそう言って、にっと歯を剥いて笑った。  その顔が薄気味悪くて、その時になって僕ははじめて、この女は誰だと思った。 「あんた誰だ?」  おそるおそる訊ねると、女は嬉しそうににっこりして 「それそれ」  と言って、僕を指さした。 「あんたを驚かしたくて、いろいろ仕掛けたんだ。もっと驚かせてあげようか」  僕が黙っていると、女は急に不機嫌な顔になって、顎をしゃくり上げて頭の上を指して言った。 「上も見てみなよ」  僕は、こんな女の言うことに従うのは癪に障ると思たけど、なんとなく気になって冷凍庫の扉を開けた。  中には凍り付いた赤ん坊が横たわっていた。                             おわり
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加