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とある休日風景より
「ファウスト、そろそろご飯出来るよ」
少し煩わしくなった髪を一括りにし、エプロンをつけたランバートが呼びかけると、暖炉の前で飼い犬を撫でているファウストが穏やかに振り返り、ゆっくりと立ち上がった。
ここは、シュトライザー公爵に頂いた別荘。ファウストが幼少期を過ごした、思い出深い場所でもある。
ただここは一度焼失し、今は建て替えられた新しい建物が建っている。
いっそ昔の名残を消して新しくしたいというファウストの要望で、部屋数を減らし、本邸と別邸の二棟にした。
普段はこことセットのブドウ畑とワイン工場を使用している一家に管理を任せ、長期休暇が取れた時にこうしてのんびりと過ごしにきている。
犬もその一家が番犬として飼っている犬なのだが、人懐っこくファウストやランバートにも愛想良くしてくれる。飼い主は「これじゃ番犬にならないんだがな」と困った笑いを漏らしていた。
「今日はなんだ?」
「カブとブロッコリーのクリーム煮。丸鶏のローストチキン、ピラフ詰め。彩り野菜のグリル。オレンジジェラート、ピューレ入り」
ランバートの直ぐ後ろに来たファウストが腰の辺りに腕を回し、出来上がったクリーム煮を見て「美味しそうだ」と低く囁く。耳殻をくすぐる声に僅かに反応したランバートは、次に項に柔らかい唇が当たるのにビクリと動きを止めた。
「こぼすから今はダメだって」
「こっちも美味しそうだった」
「腹の足しにならないから」
そう言うのに、ファウストの悪戯は加速する。項に触れていた唇。そこから舌が這わされ、更に耳たぶまで含まれて甘い声が殺せない。
だがこのままでは事が進まない。今は冬、暖炉をつけていても爆速で料理は冷めていく。
「もっ、ファウスト! 料理が冷めて美味しくなくなる!」
「あぁ、それは勿体ないな」
くくっ、と笑ってパッと手を離したファウストは、次にはキビキビと出来上がった料理をテーブルへと運んでいく。
その足下には大きな黒い犬がスリスリと催促をしていて、ランバートは料理で余った野菜の端やパン、それにヨーグルトをかけてファウストに手渡した。
「こっちもご飯だから」
「あぁ、分かった」
手慣れた様子で餌の皿を置き、「待て」の号令をかける。その間にランバートはグラスにワインを注いだ。勿論、ここで作ったワインだ。
「じゃ、まずは乾杯しようか」
エプロンを取り、互いにテーブルに座る。そうして赤いワインを傾け、二人で小さく「乾杯」と言ってそれを飲み込んだ。
まだ若いが、当たり年のワインだ。熟成はまだだが、その分軽やかでフルーティーな甘さがあり、香りも果実感がある。
「ジョン、よし!」
足下に控えていた黒い犬が、ファウストの号令で餌を食べ始める。それを二人で微笑ましく見ながら、ランバート達もゆっくりと食事を始めた。
ローストチキンをファウストが切り分け、ランバートの皿に乗せる。腹を裂くと中から鶏の旨味を十分に吸った、野菜たっぷりのピラフが零れ出てくる。こちらはランバートがとりわける。
「美味い。肉も軟らかいし、なによりピラフによく味が染みている」
「新鮮な鶏肉が手に入ったからね。じっくり暖炉で炙ったかいがあったよ」
午前中にここの主人がお裾分けをしてくれ、直ぐに今日のメインに決めた。昼から二人で代わる代わる暖炉で表面を炙りつつ、じっくり中に火を通していった自信作だ。
「なかなか疲れたがな」
「美味しい料理は時間も手間もかかるの」
苦笑するファウストに言い切り、ランバートは肉を堪能する。じわっと肉汁が染み、表面の皮はパリッとしていて、これだけで十分な旨味が出ている。とても贅沢な気分だ。
「カブとブロッコリーもここで取れたものなんだろ?」
「そうそう、立派だよね」
それどころか、一緒に入っている人参もここで作ったもの。ベーコンばかりはそうではないが、十分だ。
彩り野菜にはレンコン、サツマイモ、カボチャ、カブ、キノコを鋳物の鉄板でじっくり焼いた。
「全部この土地のものなんだよね。贅沢」
「たまにはいいさ」
久しぶりの二人揃っての長期休暇。だからこそのんびりと、そして贅沢に過ごしたい。そう思ってきた二人は自然と笑顔で食事を楽しんだ。
お湯も貰い、暖炉の熱で温まったリビングでまったりと外を見ている。側にはジョンが寝転がって、今にも眠ってしまいそうだ。
はらはらと雪が降り積もっていく。それが音を吸って、辺りはとても静かだ。
「随分降るな」
濡れた髪を拭きながら暖炉の前に来たファウストに視線を向けたランバートも頷く。暖炉の前に来た彼の髪を後ろに回って拭きながら、ランバートは外に視線を再び向けた。
「明日、ジョンを連れて散歩に行こうか」
「あぁ、いいな」
そんな話を聞きつけ、ジョンが片方の耳をピクリと上げて片目を開ける。それを見て、ランバートとファウストは小さく笑うのだった。
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