エピソードワン。エピローグ。

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エピソードワン。エピローグ。

「……みさきくん……、美咲君……」  ぺちぺちと頰を軽くはたかれ、気がついた。  目の前で覗き込むように僕に呼びかけてくれた耕助さんの顔がアップで映る。 「耕助さん!」  にっこりと笑う耕助さん。ああ、また僕はあなたに助けられたのか。  とりあえず飛び起きて辺りを確認すると、どうやらここは屋内の、応接室っぽい。  がやがやとした声も聞こえる。ちょっと大勢人間がいるらしく、居心地が悪かった。 「どうして……」 「大丈夫かい?」  優しくそう囁く耕助さんの声に、僕は泣きそうになった。  自分が情けなくて。  そして、耕助さんの優しさが嬉しくて。  僕の身体は元に戻っていた。  服もそのまま。あの姿はやっぱり実体じゃないのだろう。  あいつ、の、あの姿は……。 「耶摩猫(やまねこ)がまた出たのかい?」  そう耕助さんが聞く。  僕は頷いた。それ以上、言葉にする事が出来なかった。 「ごめんね。君にまた怖い思いをさせたね」  ああ、違う、ちがうの耕助さん! 「違うの! 悔しくて……。自分が情けなくて……。耕助さんは悪くない。僕がダメだっただけ……」  僕は涙を堪え、そう、なんとかそれだけ言葉にした。  ここで泣いてしまえば、僕は僕で無くなってしまうような気がして。  ザワっとした人の声が上がる。  外には投光器があるのか、一瞬こちらに明るい光が漏れた。 「氷室さん、出ましたよ! 間違いありませんでした」  ばっと部屋に入ってくるなりそう話す私服の警官、氷室事務所にもよく顔を出す二村警部補だった。  四十代半ばで銭形警部を演じさせたら似合いそうなそんな顔の濃い人。  髪をぼさっと伸ばしてて線の細い耕助さんとは見かけは正反対なのに、何故か二人はウマが合うらしい。  こうして事件があるといつもお互い協力してるみたい。 「そうですか。参考人のお二人は?」 「家政婦の菅ミドリは素直に話してますけどね、被害者の孫の涼介はもういかれちゃってますね。何聞いても答えにならない。参りましたね」 「確かほかにめぼしい親戚は居ないのでしたか、そうすると……」 「二年も前ですしね。まあ、司法解剖後荼毘に付す事くらいでしょうか、出来るのは」 「まだ故人の身元の特定は済んでないのでしょう?」 「それはそうですけどね。まあ、間違いないでしょう。この屋敷には主人の小村さつき氏の生活痕は見当たりませんでしたからね」  ああ。  そうか。  僕が会った奥様は、あの孫が変装してた姿だったのか。  人目につくようになったミケコを除霊したくてうちの事務所に依頼した、そういう事、か。  ミケコ、お前の無念は、ご主人様を護れなかったことだったんだね。  孫、涼介の狂気の原因やみどりさんがどうしてあんなに涼介を庇うのか、そこまではわからなかったけど。  こうして僕のはじめての依頼は呆気なく終わった。  今日の1日、いろいろあって疲れたけどこうして寝る前にはちゃんと日記に残しておかなきゃ。  いつか、この氷室探偵所を舞台におはなしを書くために。  エピソード1。今日の僕はいつもと違ってた。終わり。
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