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【外伝】アンジェリーナ・マギア
平成自殺魔ニュアルって、知ってるかい?
昔インターネットの際奥にひっそりと存在したサイトさ。
もう今は存在しないんだけれどね。
世の中には、もう死んでしまいたい、だの、今の自分はこの世の中には要らない、だの、そんな事で悩む人間が多くてね。
そういった人間たちが知識を持ち寄って、
いかに苦痛なく死ねるか
なんて話を掲示板に投稿したりしていたんだが。
まあ、都市伝説の類も多かったな。
あそこのビルから落ちると苦痛なく死ねて別世界に転生出来る、とか。
9時9分9秒にとある薬を飲んで自殺すると神様が降りてくる、だとか。
そんな誰が経験したんだっていう眉唾な都市伝説の中に、実はひとつ、ほんとうの事も書かれていた。
夜中の2時9分9秒に池屋公園で月を見てると、化け猫が現れる、って、話。
その化け猫は人の狂気や絶望、欲や哀しみ、そして……。その人格までも食べてしまう。
食べられた人間は……。まあ普通はそのまま廃人になって終わりさ。
でも。
人生を終わらせたい人間にとっては、御誂え向きではある。
上手くすれば。
可能性は低いながら、まっさらな心で人生をやり直せるかもしれないのだから。
そんな化け猫の俺に頼りたいと思う程に、壊れた人生を送っている人間の、なんと多いことか。
そのおかげで美味い狂気が味わえたのだ。まぁ、win-winではあるよな。
これはそんなおはなし。
化け猫の俺を頼ってきた人間の話。
その夜は。
満月だった。
まあ、夜中の2時に確実に月が見える日を選んでくると満月に近い日が多くなる、のだろう。
別に時間が来ないと出られないわけじゃない。2時9分9秒っていうのも人間が勝手にそう言ってるだけだ。
池屋公園の真ん中で月をみているそいつは、妖艶な美女だった。
こんな美女がどうしてだ?
そう思うあたり俺も人間の頃の心を無くし切っていない証か。
あたりに人影が無くなったところで、俺は外界との境界を張り、美女の目の前に姿を見せた。
「ああ、ほんとうに現れたのね。ねこさん」
拍子抜けするような声の女。俺は若干鼻白み、なるべくオドロオドロしく聞こえるように声をかける。
『で、きさまがここに来た理由を聞こうか』
問答無用で食い散らかすほど俺も暇じゃ無い。美味い狂気で無いのなら、喰うだけ無駄だ。
「それはもちろん、あなたに食べて貰いにきたの」
その顔には恐怖もなにもない。ただふざけているのでも無いことは、その瞳が語っていた。
「あたしね。さっき離婚してきたの」
まあこんな美女なら次だってあるだろうに。
「元々あっちから付き合ってくれ、結婚してくれって言ってくれて。あたし嬉しかったんだけどな」
『離婚したくらい、なんだっていうんだ』
「したくらい、じゃ、ないのよ。してきたの。あたしが離婚してきたって話」
『だからそれくらいで自分を捨てるのか? と、聞いている』
「あは。ねこさん優しいのね」
優しい、じゃ、無い。まずい狂気を避けたいだけだ。
「彼ってねこさんみたいに優しくてね。最初会ったのはそこのビルの6階のバル。ネットのオフ会っていうの? 友達に誘われて顔出したんだけどさ。なんか話が弾んでね。ちょっと知り合い以上? に、なって」
女はそこで一瞬躊躇い。そして、バッグから炭酸水のペットボトルを出して一口飲んだ。
「やっぱり緊張してるみたい。喉が渇いて……。で、その後何度か彼とご飯に行って。付き合うようになって。結婚して」
「ごくごく普通の夫婦でいられたの。最初の三年は……」
ふむ。
「子供が欲しいねって、最初は男の子。次は女の子。三人目はもう男の子でも女の子でもどっちでもいいな。五体満足に生まれてくれればそれでいいな。って。そう、よく二人で話してて」
いい旦那じゃ無いか。
「そう。ほんといい人で……」
そう話す彼女の顔は、泣き出しそうに見えた。一体なんだって言うんだ。俺は同情しているのか?
「あたしさ、子供、産めないんだ」
え?
「産みたいけど産めない。元々そういう機能がないの」
どう言う事だ?
『病気かなにかか?』
「うん。生まれつきね。子宮が無いの」
ああ、そうか……。
「それがこの間彼にばれて……。ちょっと修羅場った」
それで……。絶望でもしたのか?
「何故最初に言ってくれなかった、って。すっごく蔑むような目で見られて。そんな、いえるわけないじゃ無い!」
はじめて言葉を荒らげる彼女。
「言ったらきっと結婚は出来なかった。そう、思っちゃったんだよね。だから言えなかった……」
「正直に話すべきだったとは思うよ? でも。そんな勇気は無かった……」
「あの、目。あたしの事をまるで人間以下の物のように見る彼の目を見てると……。全てを恨んじゃいそうだった。この世の中全部。両親のことも、自分の身体の事も、そして、彼の事も全てを憎みそうになった……」
「恨んで恨んで、憎んで……、全てを巻き込んで傷つけたくなった……。でも……。出来ないよ……」
「恨む事も、憎む事も、あたしには、出来ない、しちゃいけない、そう何処かでそう、ストップがかかるの……」
「だから。一人で居なくなろうって……」
恨めよ、うらめばいいだろ!
恨みたく無いから恨むくらいなら自分を殺すとか、そんなの、本末転倒だろ?
『恨めばいいじゃ無いか! 恨んで憎んで、足掻いてみせろよ!』
「ずいぶん……。人間くさいのね。ねこさん。思ってたよりもぜんぜん」
妖艶な笑み。
俺にそう言う彼女の顔は、まるで魔に魅入られたかのように、見えた。
ああ、あの目は何処かで見たことがある。
俺がまだ人間だったとき、あれは……。
いや、そもそも俺はどうしてここに居るのだろう。
こうして待っていれば人間が狂気を持ってやってくる。
それが如何にも重要だとでもいうように、刷り込まれているのか?
いや違う。
只逃げたいだけなのだ。
自分が楽になりたいだけ、か。
化け物でいるのが、楽、なのだ。
そうか……。そう……。
「ねこさん、そろそろあたしをたべてくれない?」
視線がねっとりと絡みつく。
俺が、食べる側、だったはずなのに。
まるで……。
アンジャリ、マギア。
その漆黒の目の奥の奥底に、魔が見える。
狂気を捧げる側にでもなったように、俺は……。
俺の中からあふれ出した黒い闇が、彼女の瞳に吸い寄せられる。
そして。
「ああ、あなたもだめだった……。あたしを自由にしてはくれないのね……」
そう言うと。
彼女はそのまま、その場から消え去った。
まるでそれは、魔女が自分を殺してくれる者を探してでもいたというのだろうか……。
狂気を捧げたのは俺の方だった。
そして。
自分をこんな化け物に変えたあいつを思い出し。
今夜はここで。
眠りに就く事に。した。
fin
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