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才蔵は狐面をしていない。朧月に照らされる横顔からは彼が端正な顔立ちをしていることが分かった。
戦場で月を背後にしていた忍び装束の男の残像と満月を見上げる彼の姿が脳内で重なり、記憶が繋がる。
あの時茂みへと投げ込み助けてくれたのは間違いなく才蔵だ。
才蔵はこちらを振り返ると、男装をした女の姿をみるやいな、やさも嫌そうに怪訝な表情を露骨に浮かべた。
「なんで連れてきたのさ」
「まぁそう言うな」
幸村は宥める台詞を言うと才蔵の隣へと向かって行く。才蔵の側へいくのは気まずかったが、幸村の隣へと大人しく着いて行った。
「なに、月見の邪魔しにきたの」
「こいつがお前のために酒と団子をくすねてきてくれたんだ。な?秋家」
幸村はつっけんどんな態度を取る才蔵をものともせずに、こちらへと同意を促すように答える。
言葉の意味が汲み取れずまごついたが、気遣ってくれたことがわかり「はい」と返事し話を合わせた。
「毒味をしたときに、炊事場に残っているのを見つけたので…」
「ふーん」
才蔵からはやはり興味の無さそうな返事が飛んでくる。酒と団子で釣ろうとしたのがそもそもの間違いだ。
「あの、やっぱり俺は部屋に…」
才蔵へ礼を言おうとしていたことをすっかりと忘れて、「部屋に戻る」と告げようと顔を上げると、無表情で団子を頬張る才蔵の姿が瞳に入ってきた。
「ん、美味い」
すでに一本目の団子を食べ終え、二本目へと手を伸ばす才蔵を横目に、幸村はこっそり耳打ちをしてくる。
「才蔵には団子さえやっておけば大丈夫だ」
「団子を、ですか?」
「ああ」
才蔵の好物は団子らしい。甘味が好きな彼のことを途端にかわいらしく感じ、思わず笑ってしまった。
「ふふっ」
「なんだ、お前おなごのような笑い方をするんだな」
笑い声を上げた男装女に幸村は目を軽く見開いた。
「あ、姉上の癖がうつっておりましてつい…」
咄嗟の言い訳だったが、幸村はあっさりと信じてくれたようだ。
「そうか!姐御がいるのか!俺にも兄上がいるぞ」
幸村はペラペラと兄の話をし始めた。
話題は「どの酒が旨いか」という力説へと移行した。
「しかし、1番旨いのはやはり勝ち戦の後の酒だ!これは格別だ」
酔いの回った表情で酒を月に突き上げそう言う幸村へと才蔵が突っ込んだ。
「幸村はいつ飲む酒でも格別でしょ」
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