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2.毒味の危機
通りで発生した騒ぎが落ち着き、私は無事に仕出し料理を届けるように母から伝えられていた料亭へと着いた。
「こんにちはー!お待たせいたしました!頼まれていた品を届けに参りました」
仕出し先の料亭に到着したが、何やら店の奥に見える厨房の様子がやけに慌ただしい。
それに加えて従業員たちの顔には焦りが滲んでおり余裕がなかった。
「あの、みなさんいつもより忙しそうですけど何かあったんですか?」
いつもと異なる店内の様子が気にかかり、私の近くを通ったお運びさんを引き留め事情をたずねると、お運びさんはそっと耳のそばに口をむけて話してくれた
「私たちには知らされていないんだけれど、どうもえらく有名な武将様がいらっしゃっているようなの」
「そうだったんですね」
有名な武将と言われても、武将に馴染みの少ない小料理屋の娘には考えてみたところで数人の武将の名前しか頭に浮かんでこない。
それに、名前が分かったとしても武将の顔は分からない。
似顔絵を見る機会は何度かあったものの、描く絵師によって顔は大きく異なっていた。
たとえ本物の武将に遭遇したとしても、気付くことは出来ないだろう。
「あら、あなた、いいところに来てくださったわ」
考え込んでいると、にこにこと「丁度よかったわ」と嬉しそうにこちらに笑顔も向ける女将さんに肩を叩かれてた。
「はいっ??」
「今日はね、特別なお客様をおもてなししなければいけないの。けれど人手が足りてないのよ。お運びを手伝っていただけないかしら」
「わかりました」
少しの時間考え、いつも良くしていただいてる料亭なので言われた通りに手伝った方が良いと判断した私はお手伝いを引き受けることにした。
「ありがとう。助かるわ。それじゃあよろしく頼むわね」
女将さんはもう一度私の肩をポンポンと叩いた。
女将さんに頼まれた通りにお膳を運んでいると、愛想の良い男性が廊下で話しかけてきた。
「それはあの部屋へ運ぶ料理ですか?」
「はい、そうですよ」
丁度持っていたお膳は、男性の指差す奥の部屋へと運んでいくものだったのでそうだと返答すると、男性は軽く微笑んだ。
「丁度よかった。これ、一口食べていただけますか?」
何を思ったのか、そう口にすると男性は持っていたお盆の上の膳から煮物をつまみ、その煮物を私の口元へと近づけてくる。
「なんだか、懐かしい味がしますね。ほら、家康さんも食べてみてくださいよ」
「じゃ、大丈夫か」
そう呟くと家康と呼ばれた愛想のいい男性は私の持つお盆から先程煮物をつまみ出した御膳だけを手に取り、奥の座敷へといった。
ここまでのことを脳内で整理し、ようやく毒味をさせられていたことに気付くと、残っていた男性が嗜めるような口調で話しかけてきた。
「毒味なんて、簡単に引き受けちゃいけないよ。本当に危ない時があるんだから」
毒味という言葉に思考回路が停止して呆然と立ち尽くしていると、
「このお盆は私が運んでおきますね」
と言いながら、煮物を自ら食べて毒味の危機から救ってくれた男性は私の両手からお盆を奪い、代わりに奥の座敷へと料理を運んでくれた。
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