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5.狐面男の正体と私の正体
躑躅ヶ崎館まで辿り着くと、帰城した武田の武士たちは大広間へと通されもてなしを受けることになった。
勝戦の祝宴がこれから行われる。広間には女中さんが続々とお膳を運搬している。
毒味役の私は運ばれてくる料理に控えて信玄の隣に着席し待機していた。
各御膳の毒味を筒がなく終えると信玄が徐ろに話し始める。
「幸村、此度の勝利はお前の活躍が大きい」
「ありがたきお言葉です」
「父に負けず劣らずの立派な武将になったじゃねぇか」
信玄様の褒め言葉に、幸村は深々とこうべを垂れた。
「この真田幸村、次の戦においても御屋形さまに必ずや勝利を捧げましょう」
「頼もしいな。是非とも頼んだぞ幸村」
「はっ!承知いたしました!」
「今日は無礼講だ。お前の好きな酒もたんとあるぞ!存分に楽しむがよい」
「ありがたき幸せ」
「幸村様、くれぐれも飲み過ぎないでくださいよ」
悪戯っぽくにんまりと笑いながら佐助が幸村に絡んだ。
「そんなこと言われなくても分かってる!」
「そういって、いつも飲み過ぎて先生に運ばれてますよね」
酒を飲みすぎて泥酔した幸村の介抱をするのはどうやら決まって才蔵の役割らしい。
「幸村様!ぜひ俺にお酌をさせてください」
家臣のうちの1人が酒瓶を片手に幸村の側へとやって来た。
「お、お酌してくれるのか。それはありがてえな」
「いやいや、幸村様のお酌は俺が!」
「待て、俺も幸村さまに酒を注ぎたい」
何人もの家臣たちが、最初に幸村へお酌をしようとした家臣へと続いた。
「よし!全員順番に持ってこい!全部飲み干してやるぞ!」
そう言い切った幸村へ称賛の言葉がとんだ。
「さすが幸村さまだ!男の中の男だ」
それにしても、幸村は大の酒好きらしい。次々と一寸の間も置かずに注がれてくる酒を飲み干している。
その様子を伺っていると、信玄様がこちらへと視線を送っている事に気が付いた。
「あの、信玄さま。何かご用でしょうか?」
「いや、お前にも礼を一言いっておかねばと思ってな」
「なんのことです?」
礼をされる覚えがなかったのでキョトンとした顔でそう尋ねると、戦の際に受けた奇襲の話を信玄様はし始めた。
「お前のお陰で、毒矢に命を持っていかれずにすんだ」
信玄様はそう答えると、徳利から平杯に酒を注ぎ込み、それをこちらへ差し出した。
「飲め、弥彦。俺からの感謝の気持ちだ」
御屋形様から直々に酒を受けることに躊躇してしまい、差し出された平杯を直ぐに受けれずにいると幸村が声をかけてきた。
「秋家、ここはありがたく頂戴しておけ」
武田軍の男たちはそうだと同感の意を表すように頷いている。
「それでは、頂戴いたします」
「うむ」
信玄さまの手から平杯をおずおずと受け取ると、一気に酒を飲み干した。
「いい飲みっぷりじゃあねぇか!」
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