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夜は刻一刻と更けてゆき、大広間に面する縁側には月明かりが差し込みはじめた。
雑炊を食べ終えた信玄様はとうに宴の間を後にしており、大広間には酔い潰れた兵士たちが寝転がっている。
その中に佐助の姿もあった。疲れたのだろう、彼も武士たちと一緒に畳に転がって熟睡していた。
何やら寝言をごにょごにょと言いながら寝入るサスケに自分の着ていた羽織を脱ぎ掛けてやった。
戦場で見事な手裏剣捌きで勇しく戦闘していた小さな武士の面影は、もうすっかり幼子のものへと変化している。
「ありがとうね、サスケくん」
羽織を掛けながら彼の耳元へ向かって小さく囁いた。
佐助の様子を見守っていると、幸村が酒とつまみを手に大広間を出て行くのが目に入った。
「幸村様」
彼の後を追い声を掛けた。
「秋家か。ちょうど今から才蔵のとこへ行こうと思ってたんだ。お前も来い。男3人で飲み直そう」
そう返事をよこすと、彼は左手に持っている酒瓶を嬉しそうに振った。
「いえ、俺はただお礼を伝えたかっただけですので…」
才蔵と一緒になるのは気が進まなかった。彼には一度殺されかけている。
失礼だとは認識した上で、首をぶんぶんと横に振った。
「礼?」
「はい、今日は背負っていただきありがとうございました。お陰で助かりました」
「なんだ、そんな事か。それならお前の居場所を教えてくれた才蔵に礼を言うべきだな」
「え?」
「才蔵にも助けられたのだろう?佐助もそう言ってたぞ」
戦場で助けられたものについては三人しか心当たりがない。狐面の長身男、サスケ、そして幸村だ。
サスケと幸村の二人を除外すれば、狐面の男しか助けてくれた人物は残っていない。
ならば、狐面の男には才蔵の可能性があるということ。
「まぁ、気乗りしねぇなら無理に飲めとは言わねえ。ではな。おやすみ」
「あ…」
背中をこちから翻し、月光の差し込む廊下を歩き出す幸村を慌てて呼び止めた。
「待ってください」
「ん?なんだ?」
「私も才蔵さんのところへまいります」
「そうか、なら来い」
再び廊下を歩き出した幸村の半歩後をついて行くと、彼は縁側を降りて館の屋根上へと向かった。
廊下から見上げる夜空には見事な満月が浮かんでいる。
幸村に続いて屋根へと接続された梯子を登ろうとすると、捻挫した足にピリリと痛みが走り顔を顰めてしまった。
「足は平気か」
「はい、だいぶ痛みは和らいでおりますので」
そう答えたものの、屋根の上へと登るなど生まれて初めての体験だ。
一段、また一段と梯子を登るにつれて恐怖心が襲ってきた。
怯える気配を察知したのか、頭上に大きな掌が差し出された。
「はら、掴まれ」
「ありがとうございます」
素直に差し伸べられた手を幸村は力強くしっかりと握ると、屋根へと一気に引き上げた。
「才蔵は…っと…あ、あそこだ」
先に登り切っていた幸村の送る視線を辿ると、忍び装束を身に纏い、月を背後にして月明かりをぼんやりと見上げる才蔵の姿があった。
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