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【第三章】 1.気まぐれな忍者
自室へと戻ってくると、部屋の片隅の方に身を寄せワナワナと震えていた。
数刻前の事態がぐるぐると脳内を駆け巡る。
あの幸村様のことだ、すぐにでも御屋形様かはたまた家臣に報告するに違いない。
すぐに呼び出される事を覚悟して待機していたが、結局誰も呼びにこずに夜は刻一刻と更けていく。
何はともあれ、幸村か才蔵のどちらかにはなぜ男装して屋敷にきたのかについて説明しにいかねばならない。
先に女である事を知り、幸村よりも警戒心を抱いているであろう才蔵の元へと行くために、静まりかえった人気の無い薄暗い廊下へと身を出した。
しかし、屋敷に来て日が浅いため才蔵の部屋がどこにあるのか皆目検討も付かない。
夜明けまであと2時間ほどを切っていた。月の明かりも薄くなってきている。
視界の悪い廊下をキョロキョロと辺りを見渡し足を進めていると、話し声が庭の方からしてきた。
「頼まれていた件、片付けておいたよ」
声のした方へと顔を向けると、長身の人物が庭先に立っているのが見えた。
「君も、里と屋敷を行ったり来たり大変でしょ」
話している人物の顔を窺おうとしたが、月は雲に覆われ始めている。
直感だが盗み聞きしている事を知られたら不味い気がする。
近くの柱の陰に咄嗟に身を隠したとき、木上から誰かが音も無く飛び降りてくるやいなや、庭先に立っていた人物の前まで移動し跪くのが見えた。
風で雲が流れ、弱々しい月明かりが庭先の男の顔を照らし出した。
「いえ、才蔵さんに比べれば大したことではありません」
「ほんと、最近重いのばかりだからまいっちゃうね」
「才蔵さんにしか出来ない任務です」
「よく言うよ。キミも同じでしょ」
「私はまだまだ。才蔵さんの足元にも及びません」
「ま、そんなこといいや。それより里のみんなによろしく」
「はっ!」
短く返事をすると、連絡役らしき忍びは才蔵へと頭を下げ庭先から一瞬のうちに消えた。
聞いてはいけないものを聞いてしまったようで虫の居所が悪くなった私は、後日また出直そうと一旦自室へ戻ることにした。
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