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3.騒がしい小料理屋
弥彦と連れ立って店に向かいながら、私は父のくれたかんざしに戦場へとこれから赴く犬千代の無事を祈るかのようにそっと触れる。
店に戻ると一人で店を忙しなく回していた母がほっとしたような表情をこちらに向けた。
「あんた、一体どうしてこんなに遅くなったんだい?」
「ごめん、お母さん。いろいろとあって…」
「まず座敷のお客様の注文をとってきておくれ」
「わかった」
手早く着物の袖をたすき掛けに留め、前掛けを掛けて座敷へと向かう途中で、隅の方の席で一人で酒をちびちびと飲むお客さんが目に止まった。
その常連さんは黒い眼帯を右目にしており、なかなか顔立ちの整った美男子でどこか目を引いた。
「いつも立ち寄っていただき、ありがとうございます」
そう声をかけたが、私の言葉に静かに頷くと徳利からお猪口に酒を注ぎ飲み始める。
常連さんにお辞儀をしてお料理を運ぼうとしたときに背後から怒号が飛んできた。
「おい、料理に虫が入ってるぞ」
怒鳴り声にはっと振り返ると、3人の男がそれぞれ皿を持ち上げていた。
「おっと、こっちの皿にはゴミ屑だ」
「酒にも虫が入ってる」
「どういうことだぁ!?」
三人ものお客さんのお皿にそんなに都合よく虫が混入しているはずはない。
お出しするときにも入念してチェックはしている。
何やら嫌な予感がし、どう返答すればいいのか答えあぐねていると私よりも先に弟の弥彦が彼らの席へ向かった。
「虫の入った料理なんて出してない!変な言いがかりはやめろ!」
そう言った途端に弥彦の身体はチンピラに蹴り飛ばされ宙に浮き、そのまま近くの壁に頭をぶつけた。
「弥彦っ…!!」
難癖をつけてきたチンピラは、店内の椅子を持ち上げて今にも床に叩きつけようとしている。
「こんな店潰れちまえ!」
「お客さま、おやめくださいっ!!」
止めに入ったが、男の勢いに負けてしまい弥彦と同じように飛ばされてしまった。
「あっ…!!」
突き飛ばされた身体に鈍痛が走った。
壁に背中が当たり、背筋にはヒリヒリとした痛みが駆け巡る。
それよりも、頭部への衝撃が背中よりも大きかった。もしかしてと結った髪を右手で押さえると髪に挿していたかんざしがなくなっていた。
壁に背中を強打したときに父から貰ったかんざしが折れてしまったらしい。
かんざしはチンピラの足元へ転がっていた。
チンピラはかんざしを床から拾い、その破片をひらひらと弄ぶよう振った。
「なんだこのゴミは」
男はかんざしの破片を床の上に投げ捨てると、それを踏みつけ更に壊そうとした。
「や、やめてくださいっ!!」
足にしがみつき止めようとした私の襟元を掴みんだ男は、腕を高く振り上げるポーズを取った。
殴られると覚悟した次の瞬間、そのチンピラを含め三人の男がどういうわけか同時に苦しそうな呻き声を上げ、床に膝をついている光景が目に入った。
目の前の状況に唖然としていると横で黒い眼帯をした常連さんが刀を懐しまいながら「うるさい」と小さく呟いた。
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