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『同じ課で苗字が同じとかやりにくいですよね』
着任当初、そんな話をしたことを思い出す。
それ以来、彼はするりと私を優花さんと呼んでくれていた。
夫がいるからじゃない。
私が彼と同じ苗字だったから、彼は私を名前で呼んでくれた。
でも私はそれが気恥ずかしくて、呼べずにいた。
それがいつか、呼ばないと決めたのはいつだっただろうか。
「功太、さん……」
初めて呼んだその名が、震えた。
ぶるぶるノドが震えて、カラカラになる。
今すぐテーブルの上に置いたグラスを取りたいのに、それができないくらい足が固まっている。まるで糊付けされたみたいに動けない。
「もう一回、呼んで」
「こう、た、さ……」
「最後に、もう一回――」
「……功太っ!!」
両こぶしに力を入れて、お腹いっぱい叫んだ。
叫んだ瞬間、片隅にチラついた夫と子供が消える。
全部が後ろに立つ人で一色になる。
「こんな挑発に乗るなよ、馬鹿野郎!!!」
そう言いながら、功太が私を背後から抱きしめた。
力を込めて食いしばる歯が、カチカチ音を鳴らしている気がする。
嬉しさか、怖さか。
分からない感情が、体を震えさせて止まらない。
でも――止めてほしくない。
「乗れって。乗ってくれって。功太が、言ったんじゃない」
ぽろぽろと零れ落ちる涙は何?
答えなんて、私は知らない。
ただもう、まだ残る傷から流れている血を、舐めて治して欲しかった。
全身、隅から隅まで。
見える傷全部、舐めて。治るまで。
功太が欲しい。
止められない、止まらない――
「はっ。言ってくれる。こんな」
「キャ……ッ」
「えっろい下着チラつかされて、男が乗らないとでも思ったか?」
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