228人が本棚に入れています
本棚に追加
***
あの年は、最悪の年だった。
先輩から不出来を指摘され続け、後輩からはその様子をせせら笑われ、胃の痛い日が続いていた。まるで虫けらのような扱い。
育児休暇から復帰していよいよ働くぞと、力が漲り始めて5年目のことだった。
周囲からは順調そのものに見えただろう。
夫は気のいい性格で、敵のないタイプ。
私は気立てのいいおっかちゃんタイプ。
仲良しそうですねと言われていたし、それを少し自慢にも思っていた。
夫も順調に昇級し、ポストを上げていき、私も主任から係長へ抜擢された。
社会人としても順調そのもの。
でも、どこで崩れたんだろうか。
気が付いた時には仕事への自信なんて微塵も残っていなくて、ぼろ雑巾のように絞っては壁に投げつけるような仕打ちを受けていた。
いや、受けているように感じていた。
ご飯の味も分からなくて、終いには半分も喉を通らなくなっていた。
子供たちは私の不安定が移ったのか、寝つきが悪くなった。せっかく1人寝ができるようになっていたのにとため息をつく日々。
夫は、こそこそと洗い物だけをして、俺は向こうで寝るからと去っていく。勝手にリビングのソファーを安住の地にして、スマホの世界へと逃げ込んでいた。
話をする時間なんてなかった。
会社での辛い時間は、帰宅後の子供たちとのやりとりに忙殺されて消すしかない。
ヒステリックに怒りを露わにしそうになると、途端に夫が子供をお風呂へと逃がす。
本人にとってみれば、優しさだったのだろう。きっと。
でも、俺は嫁のヒステリックにそっと対処し、洗い物もして、寝床を譲ってやる良い旦那。
そんな風に吹聴していたかもしれない。
想像すると吐き気がする。むかむかとイライラが募る。
私が欲しいのはそんなものじゃない。どうしてわかってくれないの?
そう思うのに、会話の時間は砂漠の砂のように吹き飛んで消えていく。
砂浜に書いたSOSは、波に消されるようにあっさりと消えていた。
――助けて。誰でもいいから助けて。
最初のコメントを投稿しよう!