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限界を感じたのは、恥ずかしくも職場でのことだった。
異動して離れたはずの先輩がやってきて、ちらちらと私を見ていく。その視線に気が付いて嫌な予感がしていた。
気が付かなければ良かった。
逃げればよかった。
それなのに愛想笑いをして対応した自分が、浅はかだったのだろう。
「まだそんなこともできないの? ほんと、係長になっても全然ね」
笑顔で嘯く先輩の言葉が胸に刺さる。
それは急だった。
正面から心臓を抉った痛みは強烈で、不覚にも涙がぽたぽたと流れて止まらない。
私にぎょっとしながらも微笑む先輩の目が怖くて、身が縮こまる。
――誰か、助けて。
そう願った時だった。
「優花さん、奥の倉庫にあるアレ取ってきて~」
「アレ……?」
「そうそ、アレ」
「あ、はい……」
同姓の夫がいる職場の都合上、私は名前で呼ばれることが多かった。
彼も私を名前で呼ぶ一人だ。
同課の別係の係長。立場的にも年齢的にも少し上。
でも同じ係長という立場を重んじて、いつもフラットに接してくれるいい人だ。
「いや~さすがだよね、優花さんってばアレで分かるなんて、天才!」
正直言ってる意味は分からなかったけれど、気を回してくれたんだろうと理解した私はありがたく倉庫へ逃げた。
先輩がどんな顔をしているのかなんて知らないまま、走って。
逃げた先、流れでる涙はなかなか止められなくて、止まったころには恥ずかしくも鼻水が出てていた。
子供のために常備しているポケットティッシュでずぴーっと音を立てて鼻をかむ。
なんだかむなしい。でも、そこを突かれてしまった。
いつの間にかやってきた彼に――
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