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そんな私が、禁忌を犯したのは――出張先でのことだった。
課長から、どうしても2人で現地調査に向かってほしいと頼まれ、向かった先。
私は久しぶりに家族から解放され、気分が高揚していた。
もちろん、そのころ一番気ごころを許してた彼と一緒だったことによる気持ちの解放感も多分にあった。
駅弁に悩んで同じものを手に取る。
その偶然に笑いながら、同じお茶を買って、旅行気分で特急電車に乗った。
行った先、べちゃりとした雪に足を取られて滑りそうになる。
そんなときはさっと彼が支えてくれた。その腕にドキリとする。
心音の近さに、鼓動が早まる。
泊まったホテルは、隣室のシングル。
お休みと言って別れようとしたのに、ドアノブに手をかけた瞬間。
もう少し飲みましょうよと部屋に誘われた。
正直、嬉しかった。
誰かとゆっくり飲むだなんて、もう何年もしていない。
ホテルでの部屋飲みは心地よくて、気持ちも思考も蕩けるのに時間はかからなかった。
「俺ね。嫁からいじめられてるんですよ」
「え……?」
「風呂入ってる途中で電源切られて冷水に変えられたりとか」
「うっそぉ……」
信じられない夫婦生活を語る彼に、驚いた。
美人で気立ての良い人だと聞いたことがあった。
もう我が社を辞めてしまった人だから存在を知らないとはいえ、誰もが彼の奥さんが我が社の人だったことを知っている。
それだけに、下手なことは言えないと拗ねた顔でぼやいていた。
その姿が少し可愛く見えた、年上なのに。
「毛布がね薄いんですよ。押し入れで場所取りたくないからって。俺のだけペラペラ」
「へぇ……」
「あったかい布団で、寝たいなぁって」
切実すぎるその言い方が胸に響く。
夫は、布団の温かさなんて考えているのだろうか、なんてことが少し過った。
でも――瞬間的に過ったことなんて、次の言葉で簡単に消え去る。
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