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「俺ね。もうレスなんですよ、長ーいこと」
「え……? あ。あー……」
あー、と言っている間に意味を理解して持っていたグラスに視線が落ちた。
どう返していいのか分からない。
明るいキャラクターのせいか。はたまた旦那が社内のせいか。
単純に飲み会に行く機会がないせいか。
案外と耐性のない自分に気が付いて、うまい切り返しも思いつかず、母音だけがさらさらと続く。
誤魔化すように一口お酒を煽ると、コンと小さく音を立ててグラスを置いた。
「引く? こういう話」
「え、と。単純にびっくりって、それだけと言うか」
「はは、優花さんらしいわ」
「もー、そこで笑うとかなしですってば」
「……で? ぶっちゃけ、そっちはどうよ」
いつの間にか年齢差らしい砕けた調子の問いかけに、う、と詰まる。
本当は……上手く切り返せなかったのは、並べ立てた母音の間に私も計算していたせいだ。
旅の恥は搔き捨て、そんな言葉が脳裏をよぎる。
酒の上の世迷言。
お互い、今日の会話は聞き流す。
明日は何もなかったように、まるで一緒にいた時間なんてなかったように。
暗黙の中に含まれた、秘めた遵守事項。
その空気が行間で静かに横たわっていて……それを多分汚さないという了承は、自然とお互いがしているのを肌で感じている。
その前提での、問いかけ。
ここで逃げてもいい。でも、そうしたら多分この時間は終わり。
終わってもいい時間。終わらせなくてもいい時間。
でも私がとったのは、……続けたい時間。
この状況を。
時間を。
彼との秘められた暗黙を。
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