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受け取って、彼はパッと腹筋を使って軽く起き上がる。
磁石の同極みたいに、近づいた分だけ距離をとった。
でも、そこから佇んだまま動けない。
どこに合わせていいのか分からない焦点が、いつの間にかキャップを捻る彼の指先に定まる。
彼の指先は爪が長くて、つるりとしてきれいだ。
ホテルのダウンライトが絶妙にそこに当てられていて、鈍く光る。
何かが体の奥でぞわりと動いた気がして、慌てて背を向けた。
――あの指先は、どんなふうに10年前触れていたのか……
うっかり考えてしまった自分が怖い。
遠くから警笛が聞こえている。
このままではまずいことが起きてしまうんじゃないかという予感。
もう引き上げろと、頭の中で誰かが叫んでいる。
その声が聞こえているはずなのに、引き返せない自分。
いや、引き返したくない自分が聞こえないふりをする。
「優花さん」
「な……んです、か?」
こんなはずじゃなかった。
うっかり飛び出した秘密の話題。
ただの暴露大会で終わるはずだった。
暗黙のルールは静かにこの部屋の結界として張り巡らされていて、私たちはきっとそれを漏らすことはない。
だからあっけらかんと相手にだけ漏らした。それだけの話だったはず。
その先を、何も考えていなかったのに――考えていなかった……でも、本当に?
ギシ……ペタ、ペタ、ペタ。
指先が震える。
スリッパの中の足が縮こまる。
ふくらはぎが痙攣を起こしている錯覚さえする。
警笛を鳴らす、頭が鈍く痛い。
それなのに、近づく足音に……確実に胸が高鳴っている自分が隠せない。
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