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『優花さん、ここのバスローブめっちゃ気持ちいですよ』
『ほんとですか!? じゃあ着てみます?』
ほんの出来心だった。
こんなの滅多に着ることもないし。
学生気分で盛り上がって、一緒に着たのは数時間前。
気心知れた彼と2人の空間で着ていても、恥ずかしくはないだろう、と。
――本当に? それは、本当のこと?
ギュッと目を瞑る。
思い描くのは……私より少し背が高くて。
ちょっと陰のある笑い方をする男。
くせっ毛がいつももつれ気味で、髪梳いてます? と冗談半分な会話を毎日する人。
情緒不安定で、先輩に耐えられなくて突然泣いてしまう私を、ほかの人に知れぬように隠してくれる、優しい係長。
指先がきれいで。
私は――その指先が、欲しいと思っていた。
多分、もう……ずいぶん前から。
「温かい布団で、寝たいなって」
「……ッ」
「誰かと。そんなとき、ない?」
「わた、し……は」
駆け引きなんて、私は知らない。
入社して、すぐに夫と付き合い始めて。
これが当たり前だと思っていた。
男女の駆け引きなんて知らない間に、ほんわか過ごした恋愛中。
自然と両親に挨拶して結婚が決まっていた。
もちろん、結婚してくださいって言葉ももらったし。私は、はいと答えた。
でも、今。
傷だらけの私を助けてくれたのは、――後ろに立つ人だ。
黒目が大きくて、でも瞳は少し鋭い。
どこか強面なくせに、誰よりも人の心に敏感で、優しい人。
「名前、呼んでくれませんか?」
それは、禁断の鍵。
ずっと私が避けてきたモノ。
私はきっと、それを手にしたら開けてしまうんじゃないかと思って、怖くて触れたことがなかった。
私以外の人は、みんな呼んでいるソレを、私は避けていた。
誰よりも、その名を知っていたくせに。
同姓だからこそ――
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