走れ走れ。

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 ああもう走らなくていいというのがこんなにも素晴らしいことだなんて。  荒い息を落ち着かせるのにはだいぶ時間がかかりそうだ。体のあちこち、ネジ止めが外れ落ちそうなクレーンで吊られる鉄骨みたいで。  僕は後続の同級生や市民ランナーの邪魔にならないようコースわきの芝生へよけた。みなそれぞれに休んでいる。  終わってみるとあっという間だった。そのまま身体を投げ出し寝転がり、数時間前たむろしていた雲が過ぎ去った晴空を見上げる。  普段ならこんなことはしない。だってテレビ中継で見るマラソン選手じゃあるまいし。ただ今日はいいかなと思えた。肘と膝裾から先の地肌、首周りにチクチクと芝の感触。土と草の匂い。  ほんの一瞬だけれど僕はいつしか走ることに取りつかれていた。苦しくつらく、それでいてどこかの一瞬は楽しい時間だった。嘘じゃない。すがるように思い出して噛みしめる。  「あ~しんど」  急な声に、僕の横にはそっくり大の字で寝っ転がる人がいると気づかされた。同じ高校のユニフォームだ。いつからいたのだろう。頭がぼうっとしててよくわからない。 「腹をへこまして深呼吸するんじゃなくて、膨らませながらやってみ」  彼は上体だけ持ち上げて話しかけてきた。しきりにゼーハーしている僕を見かねてのアドバイスらしい。  本当だ。おなかを膨らませながら何度も深呼吸すすれば酸素が体中に行き渡るような、そんな気がする。胸がつかえる苦しさはだんだん薄れてゆく。  数分そうしていたかもしれない。先に口を開いたのは向こうだった。 「同じA組だよな。オレ、折里(おりさと) (れん)。そっちは?」 「僕? 僕は持月(もちづき)紘太(こうた)――」  まさかの同級生だった。さすがにこちらも起き上がって自己紹介した。僕は人の顔を覚えるのが苦手で、風をよけあった仲だと把握していなかった。でも彼は逆らしかった。 「豚汁食いに行かね? 早いもんがちだし」  よろしくな、と折里蓮は並びのいい歯を見せて笑った。
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