始まりのカップ麺

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始まりのカップ麺

 とにかく腹が減った。  家に帰るまでに、餓死しちまうんじゃないかってぐらいだ。  6限までの授業に加え、みっちり筋力トレーニングや基礎練習を行う。ちなみに、部活はとうに引退しているのだが、監督の好意で器具を使わせてもらっている。時には後輩と混じって練習させてもらうこともあるな。  部活は野球部。一応主力として活躍はした。  だけど最後の大会では、甲子園出場まであと一歩のところで負けてしまう。そんな公立校の4番だからか、どこからもお呼びがかかることもなかった。  だから、さっさと切り換えて、体作りと技術力アップと受験勉強に専念。野球が盛んな県外の大学に進学することにしたのだ。  今日は少し遠回りになるが、残った体力を振り絞り、家とは反対方向に自転車を走らせる。10分もしないうちにスーパーに到着。店内で「特盛ラーメンカップ」みそ味1個とサバ缶も1つに、夜食用の菓子パンを3個買った。  このスーパーのいいところはイートインコーナーが広い。帰宅前に腹が減って死にそうなときは、重宝している。  カップ麺にお湯を入れて席に着く。等間隔で横並びのカウンター席で、ひとりには持って来いの席だ。  さて、この5分が長い。サバ缶を食べながら、おもしろいものがないか首を回す。  すると、端っこの席に制服姿の女子がいた。制服がうちの女子のと違うし、何より見たことない。スポーツでもしているのか、なかなかのショートカット。横顔は結構かわいいんじゃねぇか? 菓子パンをパクつく姿は、子どもっぽく見えた。 「え?」  意外な物を見て、思わずマヌケな声が出てしまった。  女はカウンターの上に置かれたカバンをどかすと、なんと俺が買った「特盛ラーメンカップ」があったのだ! マジかよ、おい。フタを剥がし、チラッとこちらを見てくる。なんとなく、挑発しているようにも感じた。 「いただきます!」  割りばしを麺の海に突き刺し、ワシッと挟んで一気にすすり上げる。オイオイオイ、麺だけで200グラムあるんだぜ……アレ。……って呆気に取られてる場合じゃなかった。これはもう勝負を仕掛けられている。そう言っても過言ではない。 「いただきます!」  女に遅れること1分弱。俺は男と女の負けられない戦いに身を投じた。箸を極限まで開いて麺を挿み込み、口や喉が火傷しようが構わず胃袋へ収めていく。  おかげで1分もしないうちに、大量の麺と少量の具を食べ切ることができた。横目で女の様子をうかがう。女も麺と具を食べ切り、スープを飲んでいた。これじゃ俺は負けてしまう……! 仕方ない。あまり使いたくないが、やるしかねぇな。 「……!?」  女の目が驚いたように開いている。それもそうだ。俺はスープしか残っていない容器に水を入れ、ぬるくしていたからだ。かさは増すが、飲みやすくはなる。 「一発逆転を狙うには、正攻法ではうまくいかない場合もある。策を打つのも大事だぞ」  って監督も言っていたことがある。ここで言う正攻法は、アッツアツのスープを息で冷ましながら飲むこと。そんな悠長な時間は残されてないんじゃ!  容器を持ってスープを飲んでいく。味も薄まってしまったが、ぬるくなったおかげで超飲みやすい。自己最速に並ぶ勢いで飲み切った。容器をカウンターに置いて、女のほうを――ってもう、あいつは肘をつき、余裕たっぷりの表情でこちらを見ている。スゲェかわいい。……が、スゲェ悔しい! 「私の勝ちだね♪」  悔しさで震えている俺に、女が去り際に勝利宣言をしてきた。その声が癪に触って勢い良く立ち上がった。 「そっちのほうが早かったじゃねぇか!」 「ちょっと早かっただけじゃん。固いこと言わない言わない♪」  バンバンと肩を叩かれる。いや、思いのほかいってぇーな! 女にしちゃ骨太でガタイはいいし、横にそれなりに厚みもある。男から見れば、ムチムチと肥満の境目にいるような感じだ。女から見れば、ぽっちゃりだろうな。まったく、恐ろしい言葉だぜ……ぽっちゃり。 「さすが野球部の元4番! 男らしい食いっぷりはお見事だったよ!」 「アンタ、俺のことを知ってるのか」 「うん! 県大会の決勝のときにアナウンスしてたからね♪ あと、私は贄(にえ)亜希奈(あきな)。こう見えても高3だよー、キミは?」  大人っぽくって艶のある声だなーって思いながら聞いていたウグイス嬢がコイツ!? いや、コイツは失礼だな。この贄だったとは……。 「俺は味方(あじかた)航平(こうへい)だ。まさか同い年とはな。で、その、声が違うよな……」 「そりゃそうだよー。だって、こんなわちゃわちゃした声でウグイス嬢はできないよー。まあ、そう言う人はいるんだろうけどね♪ 私はその場に適した声を出せるんだ☆」 「役者か何かになりたいのか?」 「役者は演技ができないからダメかなー。アナウンサーかラジオのパーソナリティになりたい。とにかく、声を使う仕事に就きたいね!」  食いっぷりはともかく、自分を冷静に見れてしっかりした奴だな。 「そっか、がんばれよ」 「ありがとう。ねえねえ、早食いか大食いの勝負、またする? 私はいつでも待ってるよ♪」  せっかく穏やかだった気持ちが消えて、闘争心がメラメラと燃え上がって来た。 「あったりめえだ。次こそは勝つからな!」  カバンと上着を掴んで背を向けた。 「うん、楽しみにしてるね♪」  悠然とした贄の声に、俺の中で完璧火がついた。  クソッ……筋トレや勉強そうだけど、食トレも大事だな!
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