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第3話
新羅は、青の部屋の前へ来ると片膝をついて頭を垂れ、話しかけた。
「坊。風呂の支度が出来ました。着替えも置いてあります。」
「……。」
返事はない。
おかしい。
いつもなら、某か返答があるはず。しかも、妙に静かだ。いや、常にうるさい訳ではないが、何の物音もしない。
ざわり。
新羅の背中を悪寒が昇る。
「坊!失礼します!」
乱暴に引き戸を開け、部屋の主を探す。
「坊!」
部屋の主、青は、呆然とした表情のまま、こちらを見る。
双眸は見開かれ、湿り気を帯びている。
唇は青ざめ、微かに歯が噛み合わない音が響いてくる。
その手には、鋭利なカッターが握りしめられ、もう、正に、今、切りつけようとしたところであると青の様相からありありと見てとれた。
いちもにもなく駆け寄り、その細い手首を掴み凶器を奪いとる。
手首を裏返し、新羅はその表情を初めて露にする。
「!!!」
ぱん!
と、乾いた音が響き、青の頬に熱が帯びる。
「貴方は……なんということを……!!」
平手を食らったと気付いたら力が抜け、目の前の大男にすがり付くように雪崩れ込む。
「坊!坊!」
その声を聞きつけ、組の者が何人か青の部屋へ集まるが、新羅に一瞥され固まる。
「親父には知らせるな!医者を呼べ!早急にだ!」
新羅の一括のもと、組の者は我先にと散らばった。
抱き抱えたままだった青を、そっと布団に横たえると、今しがた自分が張った頬に手を添える。
「すんません。」
布団を掛けて、部屋を後にする。
何故だ。
何故あのようなこと。
白い手首に赤い筋。
美しいと感じてしまった。
自分のどす黒い欲望に蓋をした。
こんなこと、あってはならない。
そう、拳を握りしめた新羅だった。
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