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日本の空港にかつての経済大国の日本のかわりにその地位に収まった中国から金持ちが一人やってきた。
彼の名前は超(ちょう)と言った。
超が空港に到着するとそこはガランとしていた。消費税アップの影響で海外からの旅行客が激減し、そこにやってくるのは一部の金持ちだけになっていたからだ。
まばらに見える旅行客は皆高そうな服を着ており、宝石やブランド物に身を包んだ企業の社長や外国の王族のような人間たちが数人、超の目に入った。
超はIT企業の社長をしていて、その資産は数千億円を超える大金持ちであった。その超にとっても日本の物価の高さには辟易していた。
日本への航空チケットはその消費税の高さ故に数百万円になっていた。誰がそんな金を払ってまでこんな国に来たいと思うのだろうか?
それに超が手に持っているファーストフード店のハンバーガーは数万円を超えていた。もしレストランで食事なんてことになったら恐らく数百万円はくだるまい。
金持ちの超であってもこんな国で生活していたら破産しかねないわけだが、それをどうして普通の賃金をもらっている人間が生活していけるのだろうか?
普通であれば道端には生活に困窮したホームレスがたむろしているはずだが、そんなものはまったく見当たらない。
見当たらない所か人がほとんど歩いていない。
やはりあの噂は本当だったのだろうか?
日本人がすべて公務員になったので、彼らは皆今の時間は役所で仕事をしていている。だから人が道を歩いていないということであれば一応話の筋は通っているが、それはおかしなことだろう。
超がさっきハンバーガーを買ったファーストフード店やその辺の店では普通に人々が働いているじゃないか。それとも日本の民間企業がすべて国営化されてしまったので、そこで働く人間たちもすべて公務員ということになってしまったのだろうか?
まったくわけが分からない。
超がハンバーガーをかじる。
普通の味だ。特においしくはない。こんなものに数万円を払うというのは金持ちの超にとっても不快な気分だった。まるでボッタクリにでもあったかのような気分にさせられていたからだ。
「ありがとうございました」
店員の言葉を聞いて超は店の床にツバを吐いて店を出た。
普通の国であれば超の態度に対して店員たちが戸惑い、怒り出すのが普通であるが、なぜか日本人のその店員はその表情にまったく変化を起こさず、ただ器械的にモップで掃除をするだけだったのだ。
そのロボットのような態度に超は違和感を感じていた。しかし日本ではこれが普通なのかもしれない。日本では他の国と違ってサービス業の店員のマナーがよいとされているからだ。
おもしろくない。
超の顔にあきらかに不機嫌な表情が浮かぶ。
超は別に仕事で用があって日本に来たわけではない。
異常な消費税率になったこの国の様子を好奇心から観察にやってきたのだ。そしてその様子を国に帰ったら皆に話して笑いものにしてやろうと思ってやってきたのだった。
しかし噂通りにその異常な物価の高さとは裏腹に日本の様子は数年前に超が旅行で日本に来た時とまるで変化がなかった。ただおかしな様子と言えば普通に日本人が生活をしているという所だけであった。
金持ちの自分にとってはこの国の異常な税率でも生活していくのには問題はないが、普通の国民である日本人がどうやってこの高い金額の中で生活を送っているのだろう?
日本人はすべて公務員になったから、そのおかげで給料がアップしたので生活に困らないのだろうか?
でもおかしいだろう。金が地面から湧いてきているのでもないのにそれはおかしいことだ。経済学を少しでも知っているものであれば、それが不可能であることが分かるはずである。
超が道で出会ったスーツを着た男の前に食べかけのハンバーガーを放り出す。しかし、スーツの男はハンバーガーをチラリとも見ずにそのまま道を通り過ぎていってしまった。
どうしたことだこれは。
日本は経済破綻に陥って、その国民の生活は最低レベルにまで陥ってしまったせいで日本人は生活に困っているはずじゃないのか? 日本人が道に落ちたハンバーガーに群がり貪り食う姿を故郷の友人たちに話聞かせ楽しませてやろうと思っていたのに、彼らはまったく落ちた食べ物に見向きもしない。
つまらないな。
超があくびをしてホテルにでも帰ろうかと思っていると道の向こう側から何かがやってくる。
それに合わせて店の中からは店員たちが出てきて地面に座り、道路に顔をこすりつけるようにしている。
何だ?
だんだん近づいてきて大きく見えるそれは神輿であった。それを日本人が数人がかりで担いでやってくるのだ。
祭りだろうか? 日本の祭りではあんな光景をよく見る。
しかしここは都会で人気もない。とても祭りをしているようには見えない。
興味がそそられた超が道路を横切り真っ直ぐ歩いていく。そして神輿の前に立った。
神輿が止まる。
「どきなさい」
神輿の中から声が聞こえた。それはやけに無機質でまるで耳からではなく頭に直接響いてくるかのような声だった。
おもしろい。なぜ自分がどかなければならないんだ。自分は高い金を払ってこの国にやってきた旅行者なのだ。それをもてなすのが旅行者を受け入れた国の役目だろう。だから自分が日本人なんかに気を使う必要などないのだ。
簾の向こうに人影が見える。もしかしたら、これは日本の天皇が乗っているのかもしれない。日本で神輿に担がれて移動するような人間は天皇くらいしかいないだろう。
しかし変だ。文明の発達したこの時代に神輿なんかに乗って移動するなんておかしい。まあ、消費税5000%なんかにするような国がまともなはずがないのだが。
超が神輿に近づき簾に手をかける。
どれ、天皇の顔を直接みてやるか。故郷の友人たちには天皇の顔を間近で見たといえばいい。天皇と肩を組んで写真をとってもいいな。それにしてもなぜ他の日本人たちは何もしないんだ。仮にも王と呼ばれる人間に外国人がこんなに馴れ馴れしく近づいていくのに変だな。
簾を上に上げて中を覗くと、そこには見たことがない生き物がいた。体長2.5メートルくらいの足の細長い、まるでイカのような生き物がその中に長い身体を折りたたんで座っていたのだ。
「うわっ!!」
超が驚いて地面にお尻からドスンと落ちる。
「姿を見られた。やれ」
イカのような生き物が命令すると神輿を担いでいた日本人の一人が超に近づく。
一体何をするつもりだ? 今の国際情勢で外国人にむやみに危害を加えることなどできないはずだが。
身構える超の顔に向かって日本人が黒い煙を吹きかける。
突然のことに反応出来ずに、超はその黒い煙を吸ってしまった。
日本人の口からは黒い煙が出続け、超の身体を煙が覆う。
超はむせながら地面に倒れ、しばらくピクピク身体を動かしていたが、そのうち動かなくなった。
次の日の朝、空港から旅客機に乗り込む超の姿があった。
その顔は無表情で、規則正しく歩くその姿はまるでロボットのようであった。
にこやかに笑顔で迎えるスチュワーデスを無視して、超は床にツバを吐いた。それを見て顔をしかめるスチュワーデスを無視して超が自分の席に向かう。
「何なのあれ?」
超が去ってから文句を言うスチュワーデスが床に黒いシミがあることに気がついた。
その黒いシミはしばらくすると蒸発するように消えてしまった。
気のせいだったのか? と不思議がるスチュワーデスだったが出発の時間が来ていることに気がついたので急いで自分の持ち場に戻った。
そして超を乗せた飛行機は出発した――。
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