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サプロが床を蹴った。本物の犬と同じように跳躍する。それを実現したのは、内部フレームの軽量化と、AIによる物理的な演算だった。自然界の物には無駄がない。美しい跳躍だが、エドガーも手をこまねいているわけにはいかない。落下してくるサプロに向かって、ショットガンが火を吹いた。
『その程度の演算はできている』
慌てた様子も見せず、サプロは中空で優雅に身をひねって着地した。避けた代わりに、エドガーから距離は取ることになる。肩を竦めた。
「そうだと思ったよ」
『絶対に負けられないだろう、エドガー。無駄弾を使って良いのかね?』
「お前こそ、ライアンを通したくないと言うことは、中枢AIが彼に負けると思っているからだろ?」
『この短い時間で、君が舌禍を招くタイプであることはよくわかった』
「なるほど、図星のようだな」
エドガーは笑った。サプロに感情はあるのだろうか? AIには感情がプログラムされているのだろうか?
だとしたら、挑発に乗るだろうか。
「さっき、お前は無駄弾だと言ったな?」
『言った。私に当たらなかった』
「それ以外に理由があると言ったら、信じるか?」
『負け惜しみは止せ。散弾とは言え、全て避けたぞ』
「お前さんに当てるつもりはなかったのさ。それどころか、避けてくれたお陰で確信が持てた」
サプロの後ろ、ドアの影に向かって呼びかける。
「ジーン! そこにいるんだろ?」
さっき、サプロに向かって撃った弾は……散弾は飛び散って、その内いくつかはドアに当たった。その時、ドアの影で物音がしたのだ。まるで誰かが隠れているみたいだった。
「……」
ジーンがゆっくりと出てきた。手には、このおもちゃ工場で作られたマークの入ったライフルが握られている。エアガンだけど、人間に大怪我させるには充分な代物だ。
「やっぱりお前か」
違和感はずっとあった。ジーンはいつもおっかなびっくりだった。臆病な性格なのだろうと思っていたけれど、多分そうじゃない。人間社会にうんざりして機械の側について、けれど自分が人間であることにずっと懊悩している。どちらの味方にもなりきることができないでいて、だから両方に均等にチャンスを与えようとしているみたいに、エドガーからは見えていた。
だから、ここにも来ていると思ったし、ジーンがライアンと対面する前に、ライアンにはこの場から去ってもらわないといけなかった、と言うわけだ。
「僕を恨むかい? エドガー」
「お前こそ、俺を恨むか?」
『余計なおしゃべりをするな』
サプロが冷たく言った。『ジーン、お前はライアンを止めろ』
「わかったよ」
『殺して構わん』
「それは僕が決める。ライアンは僕を撃てないから、必要ないかも」
ライアンはジーンを撃てない。それにはエドガーも賛成だった。これが人間との戦いだったら、ライアンは仕事も辞めて、自分の部屋に閉じこもっていたに違いない。戦場で自分が殺した人間の夢を見ていたに違いない。相手が人間でないからと、自分を騙して立ち上がったんだ。
「かわいそうなライアン」
ジーンが小さく言った。彼も知っているのだ。ライアンがうなされていたことを。
だから、ジーンが裏切った事を明かしてライアンの邪魔をしに行ったら、ジーンを撃てない彼はそこで投降してしまう。
「オーケイ、一対二で構わないぜ、ジーン」
「エド、僕は君の提案には乗れない」
「そうか。お前のそのおもちゃの銃と、俺のショットガン、どっちが強いか試そうって腹かい?」
『一対二で良いと言ったな』
サプロが飛びかかった。横に避けながら、ジーンの少し上を狙ってショットガンを撃ち放つ。ジーンが悲鳴を上げて伏せた。サプロの前脚がエドガーの靴を押さえる。銃床で殴った。痛みはないだろうが、衝撃で体勢は崩れる筈だ。
二発撃ったらショットガンはリロードしないといけない。エドガーはショットガンの銃身を持つと、バットか何かみたいに両手で振りかぶってサプロを殴った。キャン! と高い声がサプロの喉から漏れる。ペットにも利用されるロボットだから、そう言う仕様なんだろう。少しだけどきっとしたけど、エドガーの手は止まらなかった。自分は案外クソ野郎だったらしい。
けれど、強化プラスチックの身体は強かった。頭を振って殴打を弾き飛ばすと、こちらの腕に噛み付いた。容赦なく、肉に固い物がねじ込まれる激痛に、エドガーは手を離した。
『不審者確保、と言うわけだ』
スピーカーから声を出せる関係で、サプロはエドガーの腕に噛み付きながらでも話ができた。
『ジーン、ライアンを止めろ』
ジーンがおっかなびっくりとばかりにエドガーの横を通り過ぎようとした。痛みで言葉が出てこない。けれど、エドガーは叫びながら、腰に差していた拳銃を抜いた。ジーンがそれに気付いて、立ち止まる。
『当たるかね? エドガー。ほら、投降しないと君の右手が失われるぞ』
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