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久々に見かける風景。 電車の窓から見える景色が徐々に見覚えのある景色に変わっていく。 懐かしい… そう思いながら電車の車窓を眺めるのも悪くないな、と光司は思った。 もうすぐ光司の実家の最寄り駅であるF駅に着く。 見慣れた景色 懐かしい景色がどんどん現れては通り過ぎてゆく。 10年ぶりに帰って来た地元。 これからしばらくはこの懐かしい場所で暮らすことになる… 光司は車窓を眺めながら、電車が最寄り駅に着くのを待ちかねていた。 都会での生活がつまらなかったわけではないし、向いていないわけでもなかった。 だが、父と母が早いうちに病気で亡くなり、今や身内と呼べるのが祖母だけとなって、そのお婆ちゃんが認知症になったとなれば、世話をするのは自分しかいないので、必然的に帰省しただけだ。 光司は昔からわりとお婆ちゃん子だったので、祖母のことが人一倍気になったというのもあった。 そろそろF駅が見えてきた。 10年前に都会に上京した時と比べると、随分と今風で垢抜けた駅に様変わりしているな、と光司は思った。 電車が駅に到着し、プラットホームに降り立つと、流石に駅自体がかなり変わってしまっているので懐かしさは感じなかったが、しかし地元特有の空気感を感じることが出来て光司は嬉しくなった。 そのまま改札を出てタクシー乗り場に向かった。 都会ならかなりの行列に並ばなければならないところだろうが、すぐに停車しているタクシーに乗ることが出来た。 そのまま実家のあるM商店街に向かってもらう。 駅からは大した距離ではないはずだ。 タクシーに乗る前に見た駅前の景色は、10年前とはかなり様変わりしていた。 まず駅前の象徴だったPARCOが消滅している。 駅内にあったデパートも跡形もなく消えており、ポツポツとテナントが入っているのが見受けられただけだった。 タクシーはしばらく走った後、目的地である実家のあるM商店街に着くと車を路肩に寄せて停車した。 「こちらでよろしいんですね?」 「え?はい。商店街ですよね」 「ああ…まあ、そうですけど…」 「ありがとうございました」 光司は料金を払いながら運転手に礼を言った。 「ありがとうございます…あの、観光でしたら何処かご案内しますよ」 「え?いや、いいですよ。ここ地元なんで」 「あ、そうですか。それじゃあ大丈夫ですね」 運転手はそう言った後、釣りを渡してくれたので、それを受け取ってから光司はタクシーを降りた。 タクシーはそのまま今来た道を戻るように走り去っていった。 観光案内? こっちは商店街で降りてるのに観光案内なんか何でいるんだ? 商店街での買い物だって立派な観光じゃないか。 あの運転手、どこかから賄賂でももらって頼まれた観光地に誘導でもしてるのかな?とも思ったが、人の良さそうな運転手だったし、 そんなことも特にないだろうと思い直して、商店街のアーケードの方に歩を進めた。 あのアーケード街の中に光司の実家はあった。
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