8159人が本棚に入れています
本棚に追加
ーー5年後
詰め終わったお弁当を袋に入れ、ビジネスバッグの隣に置いた。食べ終わった食器をシンクに置き、水に浸けている旦那さんは、「あ、もう出なきゃ」と言いながら水を止める。
「後はやっとくからいいよ」
「ありがとう。いってくるね」
そう言って朝から眩しい笑顔を見せてくれる旦那様。器用にお箸で朝御飯を食べている妃茉莉に目を向ける。
「ひまちゃん、パパお仕事行くって。お見送りする?」
「するー」
箸を持ったまま右手を高く上げ、満面の笑みを見せる妃茉莉。高い椅子から降りようとするので、手伝ってやる。妃茉莉に先に行くように声をかければはしゃぐようにあまねくんの元へ駆けていく。
私は空になった椅子の右隣に目を移す。ご飯粒だらけの手と口で「ままー」と言っている我が子。妃茉莉が産まれて2年後、私とあまねくんは男の子を授かった。名前は悠莉。あまねくんは絶対に男の子だと言い張っていた。
さすがに2人続けて当たらないだろうと思いながら、男の子でも女の子でも使える名前を考えていた。そしたら本当に男の子だったことが判明し、また驚かされることとなった。
悠莉の手と口を拭いてからあまねくんの後を追う。
住み慣れた一軒家。守屋家には妃茉莉の時同様、生まれて2ヶ月程お世話になってからこちらに戻ってきた。最初は大変だったけれど、あまねくんが妃茉莉の時に作ってくれた予定通り、私達は今日まで協力しながらやってこれた。
大変、大変と言いながらも子供は勝手に成長する。妃茉莉は自分の意見も言うようになったし、悠莉はかなり上手に走り回る。男の子はやんちゃで中々手がかかる。
それでも妃茉莉がお手伝いをしてくれるようになったため、これでも助かっているのだ。
「ほら、パパにいってらっしゃいして」
私がそう言えば、妃茉莉は元気よく「いってらっしゃい!」と言い、悠莉は私の足にしがみついて手をきらきらさせるように左右に回していびつなバイバイをして見せる。
あまねくんは、顔を綻ばせて「いってきます。おいで、妃茉莉、悠莉」と2人を呼び寄せて、その場にしゃがんでから頬に軽くキスを落とす。その後は、私をも呼び寄せて左の頬と唇に2度啄むようにキスをした。
「まあた、ママばっかり3回するー。パパ、何でママばっか?」
妃茉莉が身を捩って、その場でくるくる回りながらそう尋ねる。子供の前ではやめなさいと何度も言ってきたのだけれど、全く直す気はないのか直らなかった。
「ん? ママはね、パパの奥さんだからだよ。結婚した大好きな人とはちゅうしていいの」
そう言うあまねくんは嬉しそうで、懲りずにもう一度私にキスをねだる。
「ほら、もう行っておいで」
「まだ。まどかさんからして。じゃないと仕事頑張れない」
まったく……頼りがいのあるパパの姿はどこへやら。それでも、子供達にもキスやハグをしてくれるため、私以外にも愛情は伝わっているはずだ。遅刻しても困るので、私はそっとあまねくんに口付けをし、ようやく満足した様子の彼は元気に家を出ていった。
「さあ、ご飯の続きしよう。妃茉莉は幼稚園の支度しなきゃだよ」
「はーい」
「たーい」
妃茉莉とよくわからない悠莉の返事が聞こえて、それぞれの持ち場に戻る。朝がとにかくバタバタする。それでも夜泣きをしていた頃を思えば全然楽で、今では楽しいとすら思えた。
私は未だに仕事復帰はせずにいる。あまねくんが仕事を頑張ってくれているおかげで、着々と昇給もして生活はできている。
妃茉莉が小学校に上がったら、私も仕事復帰しようかななんて考えているところだ。
洗い物を始めたところで電話が鳴る。手を止めてスマホを見れば茉紀からだった。茉紀から連絡が来るのは久しぶりだ。
会ったのなんてもっと前で妃茉莉と悠莉を連れて、半年前に遊びに行ったきりだろうか。茉紀と戸塚さんの間には悠莉と同級生の男の子がいる。そのため出産祝いもお互い顔合わせみたいなものだった。
「どうした?」
「そろそろあまねが家を出た頃だと思ってね」
「出たよ。戸塚さん、今日研修でしょ? あまねくんが言ってたよ」
不思議なことで、旦那同士が同じ職場という関係になった私達。お互いの仕事の事情は筒抜けなのである。
最初のコメントを投稿しよう!