風雲児

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 翌日、すぐにあまねくんが律くんに連絡をしてくれたようで、後日顔合わせとなった。もっとも、離婚の案件が苦手な律くんは、先輩である女性の弁護士を紹介してくれることとなった。  その旨を茉紀に話すと「早速だね! ありがと。顔合わせに行ってみるよ」と弾んだ声で言った。とても離婚裁判をしようとしている人間の声ではなかった。  茉紀も大変そうだが、弁護士さんが介入してくれれば安心だ。私があれこれ言ったところで何の解決にもならないのはたしか。  私は、今度こそおとなしく弁護士さんにお任せすることにした。  そんな私はというと、あまねくんの方も先輩の戸塚さんにお家への招待をしたところ、「是非!」と二つ返事で承諾したようだ。  明日は土曜日ということで、奥さんさえよければ明日にでもという戸塚さん。押しきられるような形で、明日は細やかながらホームパーティーとなった。  私は慌てていつも以上に念入りに掃除をする。まだ今日でなくてよかったと思うものの、夫の先輩を家に呼ぶのにはどんな準備が必要なのかと頭を悩ます。  とりあえず何を振る舞うかにもよる。困った時のネット頼み。スマホとにらめっこをし、準備を進める。料理を作るのが1番困るんだよなぁ……。せめて好き嫌いがわかればいいんだけど。  そう思っていると、あまねくんからのメッセージ。 〔戸塚さんからグラタンと豚の角煮は食べたいって要望があったんだけど、作れる?〕  要望ありがたい! グラタンと豚の角煮はミスマッチなような気もするけれど、ご飯はご飯で食べたいのかなぁ……?  あとはカルパッチョとか作っとけばいいかな。グラタンならスープの方がいいのかな? いや、豚の角煮なら味噌汁の方がいいのか?  和食とイタリアンの組み合わせを突き付けられたら、疑問が増えた。 〔味噌汁とスープはどっちがいいかな?〕  聞いちゃえばいいか。その流れでそう送れば、すぐに〔味噌汁!〕と返ってくる。  男性は味噌汁好きだよね。あまねくんの好きなあさりにしようかな。いやいや、戸塚さんメインだった。  どうしても思考があまねくんの好みに寄ってしまう。  とりあえず準備をするために買い物へ行き、お客様用の食器も揃えた。ハイジさんの時には急だったものだから、あるものでいいにしてしまったけれど、あまねくんの先輩となればそういうわけにもいかない。  その日の夜、あまねくんが帰ってくると第一声に「ご飯の要望ごめんね」と言った。 「ううん、全然。何作ればいいか困ってたから、逆に言ってくれると助かるよ」 「そう言ってもらえると俺も助かる。前に、初めてまどかさんにグラタン作ってもらった時の話したんだよね。そしたら、グラタン作れる奥さん羨ましい! って言ってそれからずっと俺も食べてみたいって言ってたんだ」 「そうなんだ。グラタンなんてどこの家でも出るんじゃないの?」 「出ないよ! 少なくともうちでは出ない。オーブン使うのはめんどくさいって母さん言うもん」 「えー、そうかなぁ。オーブンだって数分しか使わないけどね。うちはよく食卓に出たよ。お父さん、あんな顔してグラタンとかパスタ好きでさ」 「うそ!? 確実に和食のイメージだけどね」 「全然! なんならショートケーキとか食べちゃうから」 「いや、お義父さん可愛すぎるでしょ」  あまねくんはおかしそうにゲラゲラ笑っている。私がお菓子作りが好きなのは、母譲りだ。母が作ったパンケーキを頬張りながら説教する父の姿は、父の威厳を半分以下にする効果がある。 「人は見た目によらないよねぇ。戸塚さんはずっと一人暮らしなの?」 「うん。なんかね、小さい頃に両親他界してるんだって」 「え……?」 「だからおばあちゃんに育てられたみたいなんだけど、そのおばあちゃんも就職してすぐ亡くなっちゃったみたいでさ」 「なんか、複雑だね……」 「うん。だから家族と食事ってあんまり経験ないみたいでさ、多分寂しいんだと思うんだ」  あまねくんの言葉に何となく胸が痛くなった。私にもあまねくんにも両親がいて、兄弟もいる。家庭環境は人それぞれだとつくづく思う。
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