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「戸塚さん、兄弟は?」
「妹さんがいるみたいだけど、結婚して県外に行っちゃったってさ」
「じゃあ、完全に1人ぼっちだ」
「うん。だから色んな人誘って一緒に飯食いに行ったりしてる」
「そっか……じゃあ、明日だけと言わず、これからも来てもらったらいいよ」
そんな話を聞いたら、せっかく一緒に食事をできるあまねくんを、戸塚さんから取り上げてしまったようで後ろめたさもあった。
「え? 本当?」
「うん。あまねくんも好きな先輩なんでしょ? だったら、きっと私も仲良くなれると思う」
「そうだね。あ……でも、あんまり仲良くなりすぎるのは困るよ。まどかさんは俺の奥さんなんだからね」
「はいはい。わかってるよ」
むくれるあまねくんに笑みが溢れる。本当に可愛いんだから。
「戸塚さんは結婚とか考えないの?」
「あー、聞かないねぇ。けっこうモテるはずなんだけどね。両親が幼い頃に亡くなってるから、自分が将来どうやって子供と向き合ったらいいのかわかんないって言ってたし」
「え……そう」
「そんなこと考えることないのにって思うのは、多分俺たちが当たり前に親からの愛情を受けて育ったからなんだろうね」
「……そうかも」
同情するべきなのか、応援するべきなのか私にはわからなかった。ただきっと、あまねくんが慕う先輩なだけあって、後輩思いで面倒見のいい方なのだろうと想像がつく。これでハイジさんみたいな人だったらガッカリだけど。
「優しすぎてつまんないって言って振られるらしいよ」
あまねくんはスーツの上着を脱ぎながらそう言う。私はそれを受け取って、埃をとってからハンガーにかけた。
「なんて贅沢な……」
「まあ、何でもいいよ、いいよって言って引き受けちゃうような人だしね。あんまり人を疑わないタイプというか……物事を自分で決めるのを躊躇うタイプというか……」
「ああ……押しきられちゃうタイプね」
「うん。でも、仕事となると人が変わるんだよね。何でもそつなくこなすし、速いしねぇ……」
「話聞いてるだけでも、是非幸せになっていただきたい」
「ね。でもまあ、本人にその気がない内は無理だよね」
「それはそうだね」
あまねくんと顔を見合わせてふっと笑う。こればかりは私達がどうこうできる問題ではない。
暫く戸塚さんとの話を聞きながら、夕食をテーブルに並べた。
翌朝から豚の角煮を弱火で煮込んだ。昨日の内に下準備を済ませておいたため、きっと柔らかく仕上がるだろう。
あまねくんは時折鍋の蓋を開けては「美味しそうだなぁ」と何度も言う。待ちきれない子供のようで、小さなかけらだけ味見させてあげた。
「美味しい! やっぱりまどかさんの料理は最高だね! 戸塚さんが俺より先に食べるなんてちょっと嫌だし」
そんなことまで言っている。
「じゃあ、味噌汁作るの手伝って」
「やった! あさりだね」
「うん。結局あまねくん好みになっちゃったよ」
「大丈夫。あさりの味噌汁は皆好きだよ」
そうなのかどうかは不明だけれど、彼が嬉しそうになのでいいとする。
戸塚さんはお酒を飲むようなので、あまねくんが迎えに行くことになった。帰りはタクシーで帰るそうだ。
適当なお酒はあまねくんに選んでもらい、昼間の内に用意した。
何とか準備を終え、ほっと一息ついたところに「ただいまー」とあまねくんの声がする。
急いで玄関へ出迎えに行く。あまねくんの後ろに戸塚さんらしき男性。身長はあまねくんよりも少し低いが、体がしっかりとしている。何かスポーツでもやっていたのだろうか。髪は短髪ですっきりとした印象。目元は見るからに優しそうで、落ち着いた雰囲気を感じた。
「こんばんは。本日は突然押し掛けてしまってすみません」
そう笑顔で頭を下げた彼。声はハキハキしていて元気がいい。そして白い歯がきらっと光り、まさに営業向きだと思った。
おお……これはモテるだろうな。あまねくんとはタイプがまるで違うけど、男性的であり包容力のありそうな感じ。
私の1個上でこの落ち着き様か。
私は一目見てから好印象であった。あの好き嫌いの激しいあまねくんのお眼鏡に適うくらいだからそりゃそうか。
「いえ、こちらこそいつも主人がお世話になっております」
私も自然と笑顔で頭を下げた。この言葉、憧れたなぁなんて頭の片隅で考えながら、ダイニングまで彼らを通した。
コートを預かってハンガーにかけていると、「うわっ、ご馳走だ!」と声が聞こえる。弾んだ声に、あまねくんと同じようにはしゃぐ様子を思い浮かべて、こっそりクスクスと笑ってしまった。
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☆スター特典【心が洗われた日】はスター8個から閲覧可能です。
大学生のあまねくん目線になっています。
まどかさん大好きなあまねくんを是非お楽しみください。
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