風雲児

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 食事会は面白いくらいに盛り上がる。なんと言っても戸塚さんが面白い。他人の悪口を言わない明るい人で、時々変顔をしては笑わせてくれた。  せっかく家に招いたのに、まるで私達が接待されているようだった。  初対面であるにも関わらず、昔からの知り合いかのようにあまり緊張感なく話せる。他人と話すのが得意ではない私でも、戸塚さんの方から話を振ってくれるため、難なく会話は弾んだ。 「いやー、まどかさん本当にいい奥さんですね」 「でしょ? 俺の自慢の奥さんなんです」 「うん、うん。これは自慢したくなるわ。美人で料理上手で旦那想い。なんだかいい家族像を見せてもらって嬉しいよ」  お酒も進んで戸塚さんの方が嬉しそうにしている。散々褒められて、あまねくんも笑顔が絶えない。  食事もどんどん減っていき、戸塚さんは3杯目のご飯をおかわりしている。  よく食べるなぁ……。お酒飲む人はあまり食べないイメージだけど。 「戸塚さんも、奥さんにするなら優しい人がいいですよ。まどかさんはいっつも俺を甘やかしてくれるんですよ。おかげで俺、頑張れます」  珍しく酔っぱらっているあまねくんもへらへらしながらそんなことを言う。自宅であり、気心知れた先輩ともあって、いつも以上に飲んでいる。  そりゃ2人で瓶ビール5本も開けてれば酔っぱらうわな、とハイペースで空になっていく瓶を片付ける。  その内、ワインも開けて、赤も白もすぐになくなる。  ……本当に2人で飲んでいるんだろうか。あまねくんがお酒をどんどんかごの中にいれている時にはそんなにいらないんじゃないかと呆れもしたが、むしろ足りないんじゃないかと私は顔をひきつらせた。  いくら明日が休みとはいえ、2人とも飲み過ぎだ。 「あー、甘やかしてくれる奥さんいいなぁ。俺、一人暮らし長いから無駄に家事できるようになっちゃってさ」 「戸塚さん、料理もできるんですか?」  私は驚いて顔をあげる。 「まあ、ある程度は」 「凄いですね! でも普段料理をする方に、手料理を食べてもらうのはちょっと恥ずかしいです」 「とんでもない! 角煮は時間がかかるし、グラタンはホワイトソース作るのがわりと面倒ですからね。知っていながら要望した俺に非があります」  そう言って頭を抱える戸塚さん。  いや、別に悪いとは一言も言ってないんだけどな……。 「非なんてないですよ。どちらも主人の大好物なので、喜んでますし」 「そうなんですよ! 守屋からまどかさんの料理は絶品だと聞いていたものですからずっと食べてみたくて! 今日食べられて本当に幸せです。普段自分で作ることはあっても、作ってもらうことなんてないですからね。仕事終わりは作る気にもなれなくてコンビニばっかりだし」 「そんな、そんな……本当にただの家庭料理しか作れませんから。でも、料理ができる旦那さんは喜ばれると思いますよ」  共働きの主婦にとっては、夫が食事を用意してくれたらどんなにありがたいことか。  何の考えもなしにそう言ったのだけれど、戸塚さんの横であまねくんが「大したもの作れなくてごめん」と項垂れてしまった。  しょんぼりしている子犬のようなあまねくん。可愛い……。 「最近、いっぱい作れるようになったじゃん。私は、一緒に作ってくれる方が嬉しいから今のままで幸せだよ」  そう言えば、目を輝かせて尻尾を振る。おかしいなぁ、尻尾はないはずなのに見える気がする。 「ははっ、本当に仲がいいですね。見ていて微笑ましいですよ。結婚ってあんまり考えてなかったけど、お2人を見てるといいなぁって思いますね」 「失礼ですけど、今彼女さんは……」 「いないです。もう2年くらいいないですかね。うまくいかないんですよね。さっきまどかさんが、料理できるのは喜ばれるって言ってましたけど、確かに最初は喜んでくれるんですよ。俺も喜んでもらいたくて色々作ったり、掃除も抜かりなくやったり。なのになぜか、私より家事のできる人とは一緒にいたくないなんて言われる始末で……」 「はぁ……きっと家庭的な女性だったのでしょうね」  家事は私がやりたい! っていう女性も中にはいるのだろう。私だったら甘えちゃうなぁ……あまねくんと料理作るのは楽しいけれど、実家暮らし楽だったし。  きっと新婚生活を想像したら、旦那さんに毎日手料理を振る舞うことが理想だったりするのだろう。私も今は楽しいけれど、お腹の子が産まれたらもう少しあまねくんに手伝ってもらわなきゃ無理だなぁなんて思う。  考え方は人それぞれで、納得して結婚に至るのってそう簡単じゃないんだなと改めて思う。そう考えると、私とあまねくんは最高の相性だったと言えるだろう。
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