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お義父さんと律くんに会うのは久しぶりのような気がした。昼間は暇だとダリアさんとおばあちゃんとお茶会をしに守屋家に行くため、2人にはよく会うが、夕食を作りに夕方には帰宅するため、お義父さんと律くんとは顔を合わせないことが多かった。
私は、直接お義父さんと話をしようと守屋家を訪れていた。
律くんとは大崎さんのホームパーティー以来だが、あれから20日は経過している。雅臣の件をお義父さんと話終わると、私は律くんに茉紀のことを尋ねた。
裁判についての話を深く聞くつもりはない。ただ、無事に顔合わせができたかどうかだけが気がかりだった。
「先日顔合わせしましたよ」
「本当? よかった。それだけ心配で」
「はい。まあ今後は坂部先生っていう女弁護士が担当になるので、俺はもう直接関わることはないですけどね」
「律くん、離婚は苦手だって前に言ってたもんね?」
「? 俺、話しましたっけ?」
律くんは首を傾げてきょとんとしている。
「話したよ。初対面くらいの頃かなぁ?」
「あー……覚えてないですね」
暫く記憶を探っていたようだけれど、全く覚えてない様子でコーヒーを一口飲んだ。
記憶力のいい律くんが覚えてないくらいだ。よっぽど私に興味がなかったのだろう。
「離婚裁判ってけっこうかかるの?」
「人によります。でもまあ、育児も家事も安藤さんがメインでやってて手に職もついてるならすんなり親権は安藤さんにいくでしょうね。ただ、離婚に応じるかどうかは旦那さん次第です」
「慰謝料は……」
「証拠があるならとれますよ。不倫相手は、結婚してるのを知っているわけですよね? だったら不倫相手からもとれます」
「よかった……。離婚するって決めたなら早く離婚して解放されてほしいな」
律くんはそう言った私の目をじっと見て、「親友の離婚でもそう思いますか?」と聞いた。
お義父さんは私との会話を終えて入浴へ行き、ダリアさんは洗い物を終えておばあちゃんと共に寝室へ向かった。
リビングには私と律くんだけ。あまねくんは今日も残業で遅くなると言って帰ってこないのだ。
「思うよ。結婚してたら幸せってわけじゃないと思うし。私も昔は焦って早く結婚したいって思ったこともあったけど、あまねくんと出会ったら、あまねくん以外の人と結婚するくらいならできなくてもいいかもって思ったの」
「へぇ……結婚したがってたのは周の方だったのに」
「最初はそうだったかもしれないけど、私もあまねくんじゃなきゃダメだと思うんだ。こんなに甘やかしてくれるのあまねくんくらいだもんね」
私が自嘲気味に笑うと「そんなこともないと思うけど。まあ、甘やかされてる自覚がある内は大丈夫そうですね」と言った。
「茉紀の旦那さんが不倫してたって聞いた時には驚いたけどね……あまねくんは絶対しないって信じてるけど、男の人ってやっぱり他の女性に目がいくのかな」
「性別の問題じゃないと思いますよ。男はバレやすい、女はバレにくい。そうも言います。配偶者に後ろめたさを感じる人もいれば平気な人もいるし。性格の問題じゃないですか」
「そっか……律くんも問題なさそうだね」
「……どうして?」
「結婚だけでも面倒なのに、不倫なんて尚更って言いそう」
「……」
思ったことを口にしただけなのに、律くんは目元を手で覆って大きな溜め息をついた。
「なんか、その通りだなって思った自分が悔しいです」
「ふふ。私もちょっと律くんのことわかってきたかな?」
「ですかね」
「それで、律くんは千愛希さんとはどうなの?」
「どうって……」
「お付き合い」
「……別に」
「なあんだ、まだ友達か」
「出会って間もないですからね」
「私とあまねくんは出会ってから1ヶ月で付き合ったってば」
「その前に奴は9年片想いしてますから」
「それ私知らなかったし」
「……女性は出会ってから付き合うまでの時間って気にしないものですか?」
「うーん……やっぱりそれも人によるのかな? 私は出会ってすぐまた会いたいなぁとか、何か気になるなぁって思ってたから。一緒にいてほしい時に傍にいてくれたから、期間なんて関係なくこれからも一緒にいてほしいなあって思ったよ」
「そう……ですか」
律くんはソファーに浅く座ったまま、背もたれに背中を預けて天井を見上げた。
「恋愛って難しいよね。どこで何があるかわかんないし。茉紀も今は大変だけど、前に進んで欲しいと思うし、当然律くんにだって幸せになって欲しいって思うよ」
「それはどーも」
「私も他人の顔色ばっかり伺って全然言いたいことも言えないし、聞きたいことも聞けない人間だったの。でも、あまねくんが凄く素直だから……私も素直になれたし。
律くんもたまには道徳とかそういうの忘れて、自分の気持ちに素直になったらいいと思う。時には自分の本能に従うのも悪くないかもしれないよ」
「そんなことしたら守屋家が壊滅する」
律くんはおかしそうに笑った。
「壊滅?」
「うん。まあ、そうだな……でも、代わりだって思ってるわけじゃないよ。あれはあれでいいところあるし」
「ん? 何の話?」
「こっちの話。まどかさんもしっかり周に引っ付いてないと、その内拐われてもしらないよ」
「え!? なに!? 誰が、何の話!?」
「さあ? あなたと周はトラブルが好きみたいだから。あなたも周くらい独占欲が強ければ相手も諦めるしかないのにね。変に隙だらけだから悪いんだよ」
困った人、なんて言いながら律くんは笑っている。伊織くんのことはあまねくんにしか言ってない筈なのに、彼はそんなことを言う。
諦めるも何も、あまねくんがちゃんと言ってくれたし、奏ちゃんからもお断りをしておいてもらった。
今の段階では、私とあまねくんを邪魔する人はいない筈なのにと思いながら律くんを見上げた。
「まあ、俺なら毎日気が気じゃなくて身がもたないだろうから周で丁度いいんだろうね。俺、明日早いんで風呂入って寝ますよ。周待ってるのもいいけど、あんまり夜更かしし過ぎないようにね」
律くんはそう言うと、軽く私の頭を撫でてから立ち上がり、スマホを触りながら背を向けた。
私は、律くんの体温が残る頭を自分で擦りながらもう一度首を傾げた。
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