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それぞれの門出
時の流れとは放っておいても過ぎていくもので、いそいそと生活を送っていけば自ずと残るのは結果だけである。
私は久しぶりに茉紀と会っていた。今度こそは新居に遊びに来た茉紀。仕事復帰した茉紀は平日は仕事であり、土曜日の昼間からやってきた。
昼食を戸塚さんと摂ると言って出ていったあまねくん。2人で話したいでしょと気を遣ってくれたのだ。
久しぶりに光輝と麗夢に会った。
「こんにちは」
私から光輝に挨拶をすると「……こんにちは」と茉紀の足の後ろに隠れて、恥ずかしそうにそう言った。
「もう忘れられちゃったかな? 誕生日の時くらいしか会わないからね」
私がそう言うと「覚えてるよー。まどかちゃん」そう声だけ聞こえた。
「お! 偉いじゃん。ちゃんと覚えてて」
そう褒めてやれば、嬉しそうにひょっこり顔を出した。
「悪いね。今日は預けてこれなくてさ」
「いいよ、いいよ。麗夢も見ない間におっきくなっちゃって。おいで」
茉紀に抱えられている麗夢に手を伸ばす。
「おばちゃんが抱っこしてくれるってよ」
「お、おばっ……あんたね……」
おばちゃん呼ばわりしている茉紀に目を細めている内に、麗夢を腕の中に渡された。
お、重い……。子供ってこんなに重いっけ……。
ずっしりと腕にのしかかる体重。麗夢がそわそわと落ち着かずに動くものだから余計に重い。
「あー……ばぁー!」
今にも泣き出しそうな顔でぐずる麗夢。
「やっぱママじゃなきゃダメか」
私は早々に茉紀に麗夢を返した。
「早いな」
「泣かれちゃう前にね。まあとにかくお入りよ」
中に招き、リビングに通した。
「うわー、いいね! 新居。きっれー!」
「大人2人だからね。この子産まれたらきっとすぐ汚れるよ」
「言えてる。言っても、もうすぐじゃん。臨月でしょ」
「うん。それどころかあと10日くらいだよ」
「え!? もうそんなに経つの!?」
茉紀は目を見開いてそう言う。
「ねぇ。何だかんだあっという間だったわ。今んとこ何もないで無事産まれてくれればいいけんね」
「おーそうだね。名前決まった?」
「うん。おかげさまで。ひまりにしたの」
「ひまり? ほー、今時」
茉紀は光輝をソファーに座らせ、自分も麗夢を抱いたまま光輝の隣に腰かけて言った。私は、茉紀の分のコーヒーを淹れにキッチンへと向かう。
「私の名前にもあまねくんの名前にもまが入ってるから入れたくてさ。茉紀の茉の字を貰ったよ」
「は!? え!?」
茉紀は驚いてこれでもかというほど目を見開いている。
「私はひらがなだし、あまねくんの周の字は女の子には向いてないしね」
「だ、だからってあんた……それでよかったの?」
「うん。あまねくんにも聞いたらいいんじゃないって笑ってた」
「笑ってたって……」
「あまねくんが名前知ってたって話したっけか?」
「はぁ? 何それ」
茉紀は怪訝そうな顔をしている。私はコーヒーを淹れながらあまねくんの夢の話をした。
「あー、それで女の子だってわかったっていうのは聞いたよ。でも、名前までわかってたなんて知らんかったな。んで、答え合わせしてどうだったの?」
「ちょっと待ってて」
私は茉紀にコーヒー、光輝にりんごジュース、麗夢に麦茶を渡してからその場を離れた。
大事にとっておいたメモを持って帰ってくると、それを茉紀に渡した。そこにはあまねくんの筆跡で〔陽茉莉〕と書かれていた。
「え? あってたってこと?」
「まあ、8割? 茉紀の茉を入れようってところまでは考えて、ひも明るい名前がいいなぁって思って決めてたんだけど、どうしてもりが決まらなくってさぁ。あまねくんに相談したの。そしたら、清楚な名前がいいねって言われてさ。茉莉ってジャスミンのことみたいで、清浄無垢とかの意味があるらしくって……まあ、結局あまねくんからヒントもらったようなもんなんだけど……」
「へぇ……でもすごいじゃん。ほとんど当たりだら?」
「うん。でも茉莉って名前がでたらそのまま茉莉でも茉莉花でもいいような気がしてだいぶ寄り道してからたどり着いたよ」
「んで、最終的に陽茉莉で落ち着いたんだ?」
「うん。画数多いのはやっぱり子供には可哀想だし、丁度いいかなって思って」
私がそう言えば「あー、そこまで考えてなかった。あんた、大変だわ」そう言って茉紀は麗夢の頬をつついた。
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