それぞれの門出

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「なんだかんだあまねもすっかりパパだね」 「ああやってみるとね。私よりも子供の扱いが上手いかもしれない……パパばっかりで私に慣れてくれなかったらどうしよう」 「無きにしも非ず」 「そんなん言わないでや!」 「いや、言ったのあんたじゃん。それより、本当準備しとかないと産まれたら怒濤のような日々が待ってるでね。睡眠とれるのなんて今だけだよ」 「う……想像したら怖いわ」  姉のさくらもいくら体力があるとはいえ、大変そうだった。時折実家に帰り、私も尊瑠に会いに行くが、泣いてばかりで昼間見たって大変そうなのは承知だ。  ペニンシュラキッチンのシンクで野菜を洗いながら子供達の様子を伺う。  いつの間にか立ち上がっている戸塚さん。それに対面するように小さな光輝が構えている。 「ふはははははは! 現れたな! キバレッド! 貴様ごときにこの私が倒せるかな!」  すっかり悪役の戸塚さんはかなり本気の顔を作り込んでいます。子供相手に全力……。 「お前は奇獣王 ジャゲンゲ! よくも罪のない人間達に手を出したな!」  光輝は台詞を覚えているのか、流暢に喋っている。2人揃って構え、「哀れな人間よ。このジャゲンゲ様の攻撃をくらえ!」悪役が似合う戸塚さんが大きく手を振り上げ、光輝に向かっていく。 「クソ! やられてたまるか! 皆! 力を貸してくれ!」  光輝が麗夢に振り返ると、あまねくんが後ろから麗夢の右手を掴んでオー! と上に挙げる。  戸塚さんもといジャゲンゲがゆっくり光輝に拳を向ける。光輝はその場でくるっとフローリングを転がり、必死な形相で「なんてパンチだ! これならどうだ! 爪撃、袈裟斬り! ジャキン!」と爪を立てて、ジャゲンゲに斬りかかった。 「いや、牙つかわんのかい」  人参を持ったまま私が突っ込むと、隣で茉紀が笑いながら「爪と牙とあるだよ。でも必殺技は爪」と言った。 「いや、キバレンジャーの意味」 「あんた、そんなこと言ってると突っ込みどころ満載過ぎて見ちゃいらんないよ」  げらげら笑っている茉紀を余所に「うぎゃー! この私が負けるとはぁ!」とどうやら倒されてしまったジャゲンゲは苦しそうにもがきながらバタッと動かなくなった。 「見たか! 猛獣戦隊キバレンジャー!」  最後に決めポーズを決めて、どうやら一通りの劇は終わったらしい。  しかし、光輝はそれだけでは満足できず、「今度はホモラやって!」と戸塚さんの服を引っ張っている。  こりゃ大変だ。けれど戸塚さんは楽しそうで、第二弾に突入する。 「戸塚さん、悪役ハマり過ぎじゃない?」  私が人参の皮を剥きながら言うと、玉ねぎをみじん切りにしている茉紀が「あんなに本気で遊んでたら体力もたないよね。そう思うとあまねは賢いわ」と言った。  あまねくんは適度に麗夢と遊び、時々スマホを弄ってやり過ごしている。  散々キバレンジャーごっこを楽しんだ2人。体力はそれでも戸塚さんの方が上だったようで、ぜぇぜぇしながら寝転がっているのは光輝だ。 「ほら、もうご飯だよ」  いつもはあまねくんが帰宅してから夕飯となるため、今日は早い夕飯となった。  4人がけのテーブルに私と茉紀が座り、リビングのガラステーブルの上にランチョンマットを敷いて、そこを囲むようにしてフローリングの上に戸塚さんとあまねくんが座っている。光輝と麗夢には寝室にあったクッションに座らせた。  麗夢にスプーンで食事をさせているあまねくん。見た目はすっかり父親なんですが。  光輝はおとなしく戸塚さんの隣で頬張っていた。
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