それぞれの門出

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 美味しそうにキーマカレーを食べている光輝に、戸塚さんは「お友達ともいつもキバレンジャーごっこやってるの?」と尋ねた。 「うん! たまにやる。でも、ゆーまもみなともレッドやりたがるからいつもじゃんけんなんだ」  光輝はそう言いながらも楽しそうに話す。友達がたくさんいるようで微笑ましい。 「そっか。じゃあ、毎日楽しいね」 「うん。でも……ゆーまは小学校いっしょだけどみなとは違うから。もうあそべないんだ」  光輝は一変して悲しそうに顔を伏せた。その様子に気付いて茉紀は頬杖をついて軽く息を吐いた。 「2人共、保育園のお友達なんだ。小学校に上がる時に学区が別れるからさ……仲良い子はほとんど違う学校行くだよね」  そう茉紀が小声で言った。せっかくできた友達と離れるのは寂しいのだろう。学区が違うということは、保育園へは近くても家同士は少し距離があるのかもしれない。 「それは寂しいね。でも、小学校に行ったら新しいお友達いっぱいできるかもしれないよ?」  戸塚さんは励ますように優しく微笑んで、光輝の背中にぽんぽんと触れた。 「ううん、なかよくできないよ……」  光輝はそれでも浮かない顔をしていた。スプーンを持つ手も止まり、じっとキーマカレーの入った器を見つめている。  あまねくんも一口麗夢の口にカレーを運ぶと、視線を光輝に移した。 「何で?」 「ゆーまも、おなじ小学校にいくこっちともうなかよくしてるけど、おれは仲間に入れてもらえないから」  光輝の言葉に胸がざわざわとした。先程の様子ではイジメられている感じでもなかった。ゆーまと呼んでいた子とも仲が良いだろうに。 「何で仲間に入れてもらえないの? ゆーまくんは仲良しでしょ?」 「うん。キバレンジャーごっこも一緒にやるよ。でもおれ、スキッチもってないから」  しょんぼりしている様子の光輝に茉紀はぴくりと眉を動かした。 「スキッチ?」 「うん。ゲーム」  それを聞いて、その場にいた大人全員が納得した。スキッチとは私も聞いたことがあるだけで実際にはやったことはないのだけれど、小型のゲーム機だ。任地堂から出ている大人にも大人気のゲーム機。  光輝くらいの年になるとゲームに興味が湧くのだろう。 「みんな、ほいくえん休みのひは集まってどうぶつの海やるんだ。でも、おれはもってないからいってもつまんないし……」  下唇を噛み締めて悲しそうな表情をしている光輝。こんな小さな体で疎外感を抱くのはさぞ辛いことだろう。私がこんなにも苦しくなるのだから、茉紀はもっと切ないはずだ。 「光輝、そんなこと言ってもダメだよ。ゲームなんて買い始めたらきりないんだから」  茉紀は光輝に向かってそう言った。気持ちはわかるけれど、そこまで言わなくても……そう思って茉紀を見ると、「買ってあげたいけど、本体だけで4万以上するんだよ。慰謝料もらったけど、小学校上がるのにお金かかるし、離婚したからとてもゲームなんて買ってる場合じゃないんだよ」と私だけに聞こえる声で言った。 「わかってるよ……がまんする」  普段はやんちゃな光輝がこうもおとなしいと、こちらも調子が狂ってしまう。 「光輝くん、誕生日いつだっけ?」  あまねくんが思い付いたかのようにそう尋ねた。光輝はふと顔を上げて「8月……」と答えた。 「じゃあ、少し早いけど誕生日プレゼントで買ってあげようか」  にっこりと笑顔でそう言うあまねくん。その言葉に光輝の顔がぱあぁぁっと明るくなる。  しかし、その瞬間「あまね! 甘やかすんじゃないの! 泣きべそかけば買ってもらえると思うでしょ!」と茉紀の喝が入る。  あまねくんと戸塚さんはびくりと肩を震わせ、あまねくんに至っては「ごめんなさい……」と小さく謝罪した。  あまねくんのお家はお金持ちだから、きっと子供の頃から好きなものを買ってもらってたんだろうな……。  うちも両親は地方公務員なので、金銭的には他の家庭よりも余裕はあったはず。けれど、厳格な父のせいで学生は勉強をしろと言われ続け、あまりオモチャも買ってもらった記憶がない。反発するかのように私はあまり勉強しなかったけれど……。ただ、お姉ちゃんは高学歴。  だから、光輝のように友達の輪の中に入っていけない悔しさは私にもわかるつもりだ。  確かにスキッチは高いけれど、皆で少しずつお金を出せばそんなに甘やかしたことにはならないんじゃないかと私は首をひねった。
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