それぞれの門出

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 茉紀は、はっと鼻で笑いながら「兄弟に妬いてるようじゃお仕舞いだわ」と言って光輝へと目を向けた。 「お仕舞い!? ねぇ、まどかさん俺お仕舞い!?」  すっかり慌てた様子のあまねくん。私はあまねくんの頭を撫でてやり「お仕舞いじゃないよ。じゃあ、律くんへのクッキーは一緒にいっぱい作って、私たちも食べよ?」と言った。  すぐにそれに納得したのか、嬉しそうに大きく頷きぎゅっと私を抱き締めた。 「ちょっ……」  茉紀や戸塚さんの目が気になり、急いであまねくんと距離を取る。ばっと後ろを振り返るが、戸塚さんと茉紀は背を向けている光輝の持つスキッチの画面に目を向けていた。ほっとしたのも束の間、茉紀の肩から顔を出していた麗夢がへらっと笑った。  あんた、さっき寝てたじゃん……。 「あまねくん、人がいるところは気を付けてよ」  小声でそう言うと「ご、ごめん……じゃあ、もう戸塚さんと茉紀さんには帰ってもらおう。俺、まどかさんぎゅってしたいから」と口を尖らせて言った。  引き留めてご飯食べさせたのはあまねくんなのに……。 「もう、追い出すようなことはできないからね」 「はーい……」  私達のやりとりとは裏腹に、茉紀は「設定終わった? それでどこ行くだ?」と言いながら画面に見入っている。   「どうやって魚捕まえんの? 釣竿? え、高くない?」  茉紀の方がどうやら興味津々で、一々発言している。  その内、釣竿の使い方を読見上げて「きゃー! 釣れた!」と喜んでいる。  ゲームなんてきりないから買ってもしょんないって言ってたじゃんか……。茉紀も適当だな……。  とりあえず何だか楽しそう。 「もう8時だよー」  小声でもそもそ言ってるあまねくん。そりゃ律くんのところまで行って帰ってきてからゲームしてりゃそんな時間にもなるよね。 「子供が起きてる時間じゃないよー。早くお風呂も入らなきゃだよー」 「私に言ってもしょうがないでしょ」  私も小声になる。あんなに光輝や麗夢と一緒にはしゃいでいたのに、もう飽きてしまったのか光輝の方に行こうともしない彼。  こりゃ、子供が産まれても私ばっかりになるかなぁ……。  あまねくんの無言の訴えが利いたのか、「さて、セーブもしたし帰ろうかね」と茉紀が顔を上げた。 「えー! まだまさむねと遊ぶ!」 「ダメだよ。散々遊んでもらったでしょ。ほら、ありがとう言うだよ」  光輝の頭を撫でながら言う茉紀の顔をじっと見た後、光輝は戸塚さんの膝の上で向きを変え、「まさむね、ありがと」と言った。 「どういたしまして。お家帰ったらすぐお風呂入って寝るんだよ」 「うん」  光輝は素直に頷いているが、「まさむね次いつくる?」と聞いている。 「え? あ、うーん……」  当然困ったように眉を下げている戸塚さん。半笑いの彼に「光輝、政宗さんはあまねのお友達だからそんなに会えないよ」と茉紀が説明する。  またすぐにでも会えると思っていたのか、光輝は「何で! じゃあ帰んない!」そう言って戸塚さんの胸に顔を埋めた。 「わがまま言わないの。忙しいだよ」 「やだ! また遊んでくれるって言ったじゃん!」  その内、光輝が泣き出し、戸塚さんのシャツが皺になる程強く握りしめている。  わぁーーっん! と大声で泣くため、戸塚さんもどうしていいのかわからず戸惑っている様子だ。 「こらっ、服が汚れちゃうでしょ! 泣くなら離れな!」 「やだぁーー! あぁーー!」  麗夢を抱えた茉紀が光輝を引き剥がそうとするが、しっかりとしがみついている光輝は当然びくともしない。 「わかった、わかった。じゃあ、また遊ぼう!」  戸塚さんは、光輝の背中を擦りながら困ったように笑って言った。 「……ほんとう?」  真っ赤に目を腫らした光輝が顔を上げて戸塚さんを見た。  あーあ、鼻水も涎も垂れてるし……。  それらは戸塚さんの服と繋がっている。 「ああっ、本当にいいですよ! これ以上ご迷惑はかけられませんので!」  茉紀は慌てて手を振るが「俺は大丈夫ですよ。茉紀さんが迷惑でなければまた光輝くんの遊び相手にならせてもらいます」と言った。 「い、いえ……私は迷惑なんてとんでもない……今日も散々遊んでいただいたのに……」  髪を耳にかけながら、茉紀が申し訳なさそうに軽く頭を下げた。 「……おや」  私がポツリと呟くと、私の隣であまねくんが「おやおや……」と言った。
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