それぞれの門出

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 玄関の鍵を閉め、廊下を歩きながら「戸塚さんってやっぱりいい人だよね。子供ともあんなに遊んでくれてさ。凄くいいパパになりそう」と笑って言うと、急に二の腕を掴まれ、体がグイッと後ろに引っ張られた。 「ひゃっ!?」  驚いてバランスを崩すが、すぐにあまねくんの体で支えられ、後頭部を胸に預ける形になった。 「俺だって麗夢ちゃんになつかれてたよ?」 「うん? 知ってるよ。私の時には泣きそうな顔してたのに。あーあ、私も麗夢抱っこしたかったなぁ……」 「まどかさんには俺の子がいるじゃん……」 「うん……もうすぐ、楽しみ」 「俺も。……その子の父親は俺だよ」 「ん? そうだよ。何で?」 「戸塚さんはいい人だけど、陽茉莉のパパにはなれないよ……」  後ろからぎゅっと抱き締められ、頬を擦り寄せる彼。私は唖然として、目線だけをそちらに移した。 「あまねくん、何言ってるの?」 「まどかさんがいいパパになりそうとか言うからじゃん」  腕ごと抱き締められて、あまねくんの体温が背中いっぱいに広がる。 「もう……やきもち?」 「ん……」 「陽茉莉のパパはあまねくんだけだよ。戸塚さんはいいパパになりそうだけど、そういう意味で言ったんじゃないの」 「戸塚さんは好きだけど、まどかさんが俺以外の男を褒めるのはやだ……」  顔を伏せて、私の肩に顔を埋めてしまった彼。嫉妬と言うよりも落ち込んでいる。 「あまねくん……私はあまねくんだっていいパパになってくれるって思ってるよ。陽茉莉が産まれたらいっぱい抱っこして欲しいし、いっぱい遊んで欲しい」 「うん……。でも、俺戸塚さんみたいにレンジャーごっこできないよ……」 「大丈夫。陽茉莉は女の子だから」 「あ、そうか……」  ばっと顔を上げたあまねくんは、その場で一時停止する。しかし、すぐに「おままごとも自信ないなぁ……」と項垂れた。 「あまねくん、そんなこと言ってももう数日で産まれちゃうんだよ? 夜泣きが酷い時はちゃんと手伝ってくれるって言ったでしょ?」 「言った!」 「私はあまねくんだけが頼りなんだからね……頼むよ?」  私がそう言うと、彼はまた勢いよく顔を上げ、「頼りなの、俺だけ!?」と声を弾ませた。 「そうだよ。パパなんだから……あまねくんがしっかりしてくれないと、私頼る人がいなくなっちゃうよ」 「そっか! そうだよね! 俺とまどかさんだけだもんね!」  何だか嬉しそうに頬にキスをくれるあまねくん。未だに抱き締められたまま、キスの雨は続く。 「実家に帰るなんて言わないよね?」 「え? ああ……うん」  あまねくんの言葉にどきりとする。産まれたばかりの子供と家に2人きりなんて心細いから、暫くは守屋家に泊まらせてもらおうかと思っていたのだ。  けれど、この言い方だと帰るのはいやなのかな……。 「……まどかさん、帰りたいの?」 「帰りたいっていうか……あまねくんが仕事の間は私1人になっちゃうし……ダリアさんがいてくれたら心強いなって思ったんだけど……」 「……でも、お義姉さんも1人でみてるじゃん」 「それは菅沼さんの両親も共働きだし、うちもそうだから仕方なくでしょ? でも、あまねくんちならダリアさんもおばあちゃんもいれくれるし……心配だったらおいでって前から言ってくれてたからそうしようと思ってたの……」 「俺、そんなの聞いてないよ?」 「ご、ごめん……あまねくんならいいよって言ってくれると思ってたから……」 「何で?」 「え? 何でって……あまねくん、俺の家族と仲良くしてくれるの嬉しいって言ってくれたじゃん。私も……本当の家族みたいに頼れるところには頼りたいって思って……」 「まどかさん、頼れるのは俺だけって言ったじゃん」  心なしか、あまねくんの声が低くなったような気がする。戸塚さんと茉紀が帰ってから様子が変だ。いつもなら、こんなふうに私の言葉に対抗するようなことは言わないのに……。  抱き締めている彼の腕にそっと触れ、「そうだけど……あまねくんがいない間はどうしたらいいの? うちで一人でいる時に子供に何かあったら……」そう言いかけている内に手が震えた。  その異変に気付いたあまねくんが、慌てて「ご、ごめん! そうだよね、昼間は不安だよね? じゃあ、昼間は実家に行って、夜は俺と一緒に帰ろう?」と言った。 「……それはできないよ。子供の首がすわるまではあちこち動かしたくないし……。できたら、向こうにちょっと泊まれないかなって……」 「泊まり? それなら、行かなくていい」  何故か彼はそう言ってまた私の肩に顔を埋めた。 「ねぇ、あまねくん? さっきから何か変だよ? 何でそんなに嫌がるの? 前は実家に行くものも、ダリアさんと仲良くするのも喜んでくれたじゃん……」 「うん……。嬉しいよ。母さんとばあちゃん大事にしてくれるの嬉しい。でも、夜もあの家にいるのはやだ……」 「あまねくん? どうしたの?」 「……律、いるから」  あまねくんが顔を伏せたまま、そんなことをポツリと呟いた。
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